黒かった髪は“芦毛”から“白毛”になろうとしている。

身長167センチで、体重は50キロを切るという。最近は腰痛に加え、指先のリウマチにも悩まされる。痛み止めの薬を飲んで働く日もある。細身の体は限界ぎりぎりだった。

「最後までしっかり働くだけやね」

ゴールドシップを筆頭に担当馬でG1・10勝を挙げた今浪隆利厩務員(64)が7月で引退する。65歳の誕生日を迎える9月まで続けることもできたが、家族とも相談して決めた。有給休暇を消化するため、トレセンで働くのは6月末までになる見通しだ。つまり、ソダシとは今週の安田記念がラストランになる。過去最短の中2週となるが「いいよ。体重が減ってないのがいい」と目を細めた。

半世紀近い競馬人生の集大成だ。けがの危険が多い仕事だが、入院したのは20代で「足を骨折した」のが最後。全休日でも厩舎を訪れて愛馬と顔を合わせるのが常だけに、40年ほど休みなく働き続けてきたことになる。

そんなキャリアを一変させたのがゴールドシップだった。53歳でのG1初制覇だけではない。芦毛の暴れん坊に振り回される姿は多くのファンに知られ、名物厩務員として名をはせることになった。

「俺にとっては宝やね。ほんまに幸せを感じた。喜びも悲しみもあったけど…。シップは俺に夢を与えてくれた」

担当するようになってから、体重は5キロも減った。何をしでかすか分からないため、いつも厩舎から坂路まで手綱を引いて付き添った。1日3万歩以上。しかも地面がウッドチップで歩きづらく、足腰への負担は大きかった。スターホースだけに精神的な重圧ものしかかる。食べても食べてもやせてしまった。

その経験は、ソダシに携わる上でも生きた。真っ白な見た目とは裏腹に気の強さを秘めるが「アイツに比べたら…」と余裕を持って接した。注目されるのにも慣れていた。

厩務員として働くのもあと1カ月余りとなり、感想を求められることも増えた。もちろん最後まで気は抜けない。一方で、次の人生にも楽しみはある。

「さみしくなるのもあるけど、外から競馬を見てみたいのもあるからね」

引退後には北海道を訪れてゴールドシップに会う計画を立てている。

「ただ会って、アイツを見てみたいだけやけどね。毎年行こうと思う。年に1回を楽しみにね」

今でも愛情は尽きない。トレセンや競馬場でも、やんちゃな芦毛を見かけると「シップの子かな」と調べるという。産駒がいれば応援せずにいられない。

「俺が定年してからも、死ぬまで夢を増やしてくれる。ゆっくり楽しみたい」

さあ、いよいよ終幕だ。ほっそりした胸の内には、さまざまな思いがよぎる。ただ、願いはいつもと変わらない。「一番は無事に、やね」。満身創痍(そうい)の体を奮い立たせ、最後まで愛馬に尽くす。【太田尚樹】

◆今浪隆利(いまなみ・たかとし)1958年(昭33)9月20日、福岡県北九州市生まれ。名古屋競馬などを経てトレセン入り。内藤繁春厩舎、中尾正厩舎を経て09年から須貝厩舎へ。86年にシングルロマンで京阪杯を勝って重賞初制覇。ゴールドシップ、レッドリヴェール、ソダシでJRA・G1計10勝を挙げた。