壮観でした。3日中山の8R終了後、見たことのない光景が検量室前に広がっていました。騎手、調教師、馬主、マスコミ関係者が小桧山悟師(70)の管理馬ラストレースを見届けた後、ターコイズブルーのオリジナルジャージーを着て集結したのです。

左胸には小桧山師のシルエットと「SATORU KOBIYAMA STABLE 1995-2024」の文字、右胸には師が大好きなゴリラ、そして背面には騎手&調教師の弟子7人の名前が載っています。この日のために内緒で弟子たちが制作していました。

ウイナーズサークルでの即席引退式は栗田師、武豊騎手、武士沢騎手がそれぞれ花束を贈呈し、熱い抱擁を交わしました。写真撮影は関係者があまりにも多すぎて、2回に分けて行われたほどです。「本当に人間が好きなんだ」と話す師らしい、人に恵まれたラスト開催日でした。

小桧山師は「泣くのかと思ったけど、こんなにニコニコした引退式になるのか、と。なんか、本当…、幸せ者です」としみじみ話しました。そして、弟子や後輩たちに「反省ばかりでした。もっとちゃんとしておけばよかった。もっとみんなが幸せになれたのに。馬主さん、みなさん本当にごめんなさい。みんなに求められているところと、ちょっとズレているところを生きてきました。自分はいなくなるけど、何か自分にとって幸せであるか模索して、みんなも引退する時に楽しかったと思えるような仕事をしてほしい」と思いを託しました。

ストレスフリーで調教師の職務を全うしました。楽しく過ごす。この信念のルーツは高校2年の冬までの2年間ほど、ナイジェリアで過ごした青年期なんだそうです。当時の日本は高度成長期。アフリカでは誰もが毎日、ハッピーに過ごしていたといいます。もしかしたら、極東の母国であくせく働く大人たちに、潜在的に窮屈さを覚えていたのかもしれません。現地の人たちの暮らし輝いて見えていました。

「人生なんて1回だけ。夜、寝る時に今日も面白かったと思えるように過ごさないといけない。アフリカで学んだことです。あの人たち、悩みがなくて、ストレスとかうつ病の人がいない。幸せな人たちだって思っていました。嫌だなって思うことはあるけど、悩んだことはありません。職業柄、何かを断ったら“偉くなった”って言われるかもしれない。でも、嫌いなものを嫌いと言えずに生きていかないといけないのならば、生きている価値はないとまで思っていました」

全ての取捨の基準はたった1つ。「その人が好きか、嫌いか。それだけだよ」。大事にしてきたのは個人馬主でした。可能な限り馬主本人と1対1でコミュニケーションを取り、あえて営業はしない。なんとかトントンの収支で生き残れるように、そして、馬主を続けた人がいつか勝利の美酒を味わえるように…。19年のグリーンカル事件(※注)で管理馬が出走取り消しとなった1週を除いて足かけ30年、毎週欠かさず管理馬を競馬場に送り込んできました。

この日、9Rが終わっても、10Rの発走が近づいても小桧山師に声をかけてくる人が絶えませんでした。かつて“3メートルルール”という独自理論をうかがったことがあります。「嫌いな人の3メートル以内には絶対入らない。そこに近づかないように行動もする。でも、その中に入っている人にとっては融和されている世界がある」。一見、偏屈とも捉えられてしまうかもしれませんが、相思相愛の人が山ほど定年引退を迎える師のもとに集まりました。「伝説の引退式になっちゃったんじゃない?」。70歳の伯楽は年齢を忘れさせる、少年のような笑顔を見せました。

自分の話で恐縮ですが、小桧山師には大変お世話になりました。忘れもしない、11年10月13日。新米記者だった自分は師に名刺を渡してあいさつしたその日に、厩舎へ招かれました。「君、レスター・ピゴット(英国の伝説的騎手)を知らないの?」。驚きの表情はまだ目に焼き付いています。ピゴット氏が調教師転身後、その厩舎で働いていたこと。カメラ片手に馬のいる場所へどこでも出向いたこと。ゴリラの撮影旅行で出向いたアフリカの話…。時間が許す限り、いろんな話をしていただきました。

厩舎の解散日は5日。調教師の職を離れ、身軽になってからは馬事文化を後世に残すために取材、執筆をしながら、大学馬術の支援なども行っていくそうです。「やり残したことをやるんだ」。折を見て、小桧山師の第2の人生を紹介できればと思います。【松田直樹】

※注 19年6月14日夕方、厩舎に流通していた飼料添加物「グリーンカル」から、禁止薬物のテオブロミンが検出。「グリーンカル」を使用していた厩舎所属馬で同15、16日に出走を予定していた156頭が一括で競走除外となった。

◆小桧山悟(こびやま・さとる)1954年(昭29)1月20日、兵庫県生まれ。畠山重厩舎で調教助手を経て95年に調教師免許を取得、翌96年開業。著書に「馬を巡る旅」シリーズがある他、ゴリラに関する写真集も出版している。厩舎在籍者からは青木、小手川、堀内の3人が調教師に転身。騎手は高野、山田(引退)、原、佐藤が門下生。ムツゴロウさんこと、故畑正憲さんや作家の浅田次郎氏ら、多方面の著名人と交流がある。14年にNAR特別表彰(交流競走1000回出走)、23年にJRA特別表彰を受賞。JRA通算7330戦218勝。重賞は08年ダービー2着馬スマイルジャックの同年スプリングS、21年トーラスジェミニでの七夕賞など5勝。