勝負の1週間が幕を開けた。10月5日にフランス・パリロンシャン競馬場で行われる「凱旋門賞」(G1、芝2400メートル)に、今年の日本ダービー馬クロワデュノール(牡3、斉藤崇)が挑戦する。日刊スポーツでは「パリで輝け 北十字星」と題して、連載で関係者の思いに迫る。第1回は、デビュー戦からずっと鞍上を務める北村友一騎手(38)。復帰が危ぶまれた大けがを乗り越え、出会った相棒とともに大舞台へ挑む。
★前走ロンシャン1勝
日本ダービー馬で芝の世界最高峰へ-。北村友騎手はクロワデュノールとともに初めて凱旋門賞に騎乗する。デビューからコンビを組む愛馬との参戦。もちろん、勝ちたい思いは強い。
「日本ダービー馬とともに、パリロンシャン競馬場で、凱旋門賞に乗れる。本当にありがたいことだと思います。前哨戦を勝っていい形で向かえますし、その前哨戦で得た課題を修正していきたいです。クロワデュノールを信じて、乗りたいです」
前走のプランスドランジュ賞は厳しい戦いだった。初めての海外遠征、日本とは大きく異なる環境下で調整は思い通りにいかず、クロワの心身には課題が残っていた。そんな中でも、好位の外から重い馬場を苦にせず鋭伸。凱旋門賞と同じパリロンシャンのターフで大きな1勝を手にした。
「前に壁を作ってコントロールしながら、上りも下りもうまくこなしてくれましたし、反応もすごく良くて脚を使ってくれました。体はまだまだ物足りないと感じましたし、メンタル的にも苦しいところを出していましたが、しっかり勝ち切ったのは馬の力。結果を出せて良かったです」
★出会い、再起、勝利、涙
騎手デビュー20年目。自身の道のりも決して平たんではなかった。4度も大けがを経験。中でも21年5月2日、4度目の負傷は背骨が8本も折れる大事故だった。「騎手としての復帰は無理かもしれない」。それほど深刻だった。
その5カ月後、いまだ絶望のふちにいた10月3日、かつての相棒が光を与えてくれた。自身の手綱で秋華賞、宝塚記念、有馬記念を勝ったクロノジェネシスの凱旋門賞挑戦を沖縄のホテルで見た。ちょうどその日は35歳の誕生日。けがをしてから初めての外出だった。
「いち競馬ファンとして純粋に応援していました。けがをしてすぐ、(クロノの凱旋門賞に)騎乗することは不可能だと分かりましたし、落馬から2日後くらいには気持ちは切り替わっていましたから」
結果は7着。それでもクロノが懸命に走る姿は復帰への活力を与えてくれた。
1年以上のリハビリをへて、22年6月に実戦復帰。思うように乗れない日々が続く中、24年の春に出会ったのがクロワデュノールだった。オーナーも厩舎もクロノジェネシスと同じ。コンビ3戦目、3連勝でホープフルSを制した時には人目をはばからず涙した。「やっと戻ってきたんだなと。G1でウイナーズサークルに帰ってこれたなと思いました」。これが騎手としての喜び-。“どん底”からはい上がった先にダービー制覇があり、そして凱旋門賞挑戦の時が来た。
望みはひとつ、日本競馬の悲願達成だ。
「前走は思ったような調整ができず、いい状態でレースに向かえませんでした。今回も1週前、当週の追い切りをはじめ、僕がずっと乗って調整しますしいいコンディションでレースに挑みたいです」
時差も考慮し、本番の今回はレース13日前にフランスへ渡った。人馬ともに万全の態勢で大一番へ。勝負の1週間が始まった。【藤本真育】
※クロワデュノールの馬名意味はフランス語で「北十字星」
◆北村友一(きたむら・ゆういち)1986年(昭61)10月3日生まれ。滋賀県出身。38歳。06年に栗東・田島良保厩舎所属でデビュー。08年デイリー杯2歳S(シェーンヴァルト)でJRA重賞初制覇。19年大阪杯(アルアイン)で同G1初制覇。20年目の今年、クロワデュノールとのコンビでダービーを初制覇した。JRA通算1万1139戦974勝。重賞37勝(28日現在)。今年はJRA55勝。年間の自己最多記録は18年の90勝。
◆凱旋門賞とは 1920年に創設され今年で104回目。いまだに欧州以外の調教馬の優勝はない。芝2400メートル路線における世界最高峰のレースで、総賞金500万ユーロ(約8億5000万円)は欧州最高額。日本馬は69年のスピードシンボリが初挑戦。
◆日本ダービー馬の海外G1制覇 過去3例あり、最初は22年にシャフリヤールがドバイシーマCを制覇。今年になって、昨年のダービー馬ダノンデサイルがドバイシーマCを、一昨年のダービー馬タスティエーラが香港のQE2世Cを勝利した。ダービーを勝った年に3歳で海外G1を制した馬はいない。なお、3歳時に凱旋門賞へ挑戦した日本ダービー馬は、13年キズナ(4着)、16年マカヒキ(14着)、22年ドウデュース(19着)の3頭。

