毎年、3月11日を迎えると襟を正す。10年前、私は取材先だった日本ハムの2軍本拠地、千葉・鎌ケ谷にいた。
東日本大震災の強烈な揺れを体感したのは記者室にいた時だった。グラウンド側の窓がガタガタと大きな音を出しながら揺れていた。すぐに球場正面の駐車場へ飛び出して避難した。すぐに電話はつながらない状況となり、電車もストップ。球団職員の方に車で新鎌ケ谷駅まで送ってもらったが、しばらく身動きが取れなかった。結局、都内の宿泊先へ帰ることはできなかったが、幸いにも予約できた印西市内のホテルに到着できたのは深夜2時近くだったと記憶している。
当時の私は記者1年目でチームは梨田監督の最終年。エースはダルビッシュで中田がレギュラー定着を目指し、早大から斎藤が入団して大フィーバーも起きていた。そんな開幕間近での未曽有の大災害。当然ながら球界も大混乱となった。
あれから10年が経過した。私にとっての「3・11」は普通に暮らしていること、野球を取材できる環境が当たり前ではないことを肝に銘じながら、感謝する日になった。その気持ちは、今後も変わらない。新型コロナウイルスの脅威に最大限の注意を払いながら、21年もプロ野球は3月26日の開幕へ向けて着々と歩みを進めている。初心を忘れず、今季も取材現場に向かいたい。【日本ハム担当 木下大輔】




