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「野球できる子増えた」元プロ近田投手コーチも期待

<京大野球部に刮目せよ(3)>

京大野球部の投手たちを指導して3年目。元ソフトバンクの近田怜王投手コーチ(29)は、82年に関西学生リーグが発足して以来初となる昨秋の4位躍進、年間最多の7勝を喜んだ。

「今までは私学が強いと受け身だった。『勝てる』と自信をつけさせる言い方をずっとしてきた。『勝てたらいいな』が『勝つんだ』に変わった。勝てることを知ったのは大きい」

秋に3勝を挙げた原健登投手(3年=彦根東)については「投手向きの、負けん気の強い性格。投球術や抑え方が分かってきた。打者との駆け引きを学んだ」と成長を感じ取った。

京大で投手コーチを務める元ソフトバンクの近田怜王氏
京大で投手コーチを務める元ソフトバンクの近田怜王氏

報徳学園で甲子園を沸かせた左腕は、08年ドラフト3位でソフトバンク入り。1軍出場がないまま4年で終わった。サイドスローに挑戦し、最後は外野手にも転向した。「高校の時は才能でやっていた。高2の夏、甲子園の3日後にバタンと倒れて病院に運ばれて投げ方を忘れた。プロでもイップスがひどかったんです。失敗で多くのことを学ばせてもらいました」。苦しんだ経験も、今では貴重な引き出しになっている。京大では野手にも走塁技術などを教えている。

13年からはJR西日本で再び投手として3年間プレー。上司が京大野球部OBだった縁で、コーチの要請を受けた。現在はJR西日本の職員、車掌として働く。「車掌はちょうど1年くらいですね。JR神戸線で電車に1時間30分乗車して、1時間休憩してまた乗車する。車掌室は透けて見えるので、今でも(乗客に近田だと)バレることもあります。そういう時は笑顔で返します」。休日を利用しても京大を指導できるのは週2回程度。それでも可能な限り指導を続けている。

近田コーチは、この3年間で「野球ができる子が、ものすごく増えていますね」と変化を感じている。現在は1~3年だけで部員75人、選手64人。14年ドラフトで田中英祐投手がロッテに2位指名されたこともあり、京大でプレーしたい学生が増えているという。野球部には「リクルート班」もあり、進学校などを巡って野球部のよさを伝える地道な努力も実を結び始めている。

「今までの京大はいい投手を、エースを使い続けてきた。これからはプロのように分業制にしたい。中継ぎ専門タイプの投手もいる。そういう提案はチームにしました」。国立大に先発完投型の柱をそろえるのは難しいが、その分、短いイニングを任せられる投手を多くつくる。そんな考えになったのも、体を鍛えて芽を出してきた1年生に期待ができるからだ。

膳所(ぜぜ、滋賀)時代の18年、センバツ21世紀枠で甲子園のマウンドに立った手塚皓己投手(1年)も、その1人だ。(つづく)【石橋隆雄】

◆近田怜王(ちかだ・れお)1990年(平2)4月30日生まれ、兵庫・三田市出身。報徳学園では08年の3年夏に甲子園8強。最速147キロを武器に、同年ドラフト3位でソフトバンク入り。入団から3年間の登録名は「怜王」。1軍出場なく、12年限りで退団した。2軍投手成績は通算33試合、79回1/3、3勝6敗。野手は2軍で打席に立つことはなかった。JR西日本では投手として3年間プレーした。左投げ左打ち。

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