昨季まで巨人の投手コーチを務めた小谷正勝氏(75)が哲学を語る不定期連載。昨年、がんの治療で入院中に読み込んだ本からインスピレーションを受ける。

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「自由律俳句」の第一人者、種田山頭火の句や随筆に自分の野球観を落とし込んで、つれづれに書いている。

新型コロナウイルスが猛威を振るい、なかなか明るい気持ちになれない。それでも6月に入り、がんのリハビリを兼ねて散歩をしていると、そこかしこに初夏の訪れを感じる。

放浪をしながら句を詠み続けた山頭火は四季から感じ、多くの作品を残している。緑もえる春から、草木が生い茂る夏。「草」について印象深い句がある。

ぬいてもぬいても草の執着をぬく

ロッテで2軍投手コーチをしていた頃、当時の池田重喜打撃投手兼寮長から「ドクダミやヨモギといった野草を乾燥させて煎じ、毎朝飲むといい」と教えてもらった。浦和球場の周辺でそれら野草をつみ、トライしてみることにした。ドクダミの根はとにかく長く、ヨモギの根は強い。どちらもなかなか抜けなくて非常に驚いた。

雑草の執着…野球選手も強く、しつこく挑戦していけば、必ず活躍できる日が来る。しゃがんだままグラウンドの若手を眺めて思いつつ、自分の現役時代も思い出していた。

投げても投げても、これでもかとファウルで粘られた若い頃の光景が浮かんだ。いくらコースを狙っても食らいつかれ、攻め手がなくなり、頭がおかしくなるような感覚に襲われた。半ば根負けのやけくそになり、ひらめきを信じて6割ほどの力で真ん中やや低めに投げた。結果は平凡なショートゴロ。この瞬間、投球の大いなるヒントをもらった気がした。

普通、追い込まれた局面で遅いホームランボールなど投げない。やけくそと書いたが、マウンド上の自分は必死に考え抜いてその1球を選んだと思う。非常に勇気がいるが、乗り越えた先に「相手の頭に全くないボール」という地平があり、攻め幅が一気に広がる。要は考え方1つで、現状がガラリと好転することは多い。

山頭火は、こんな「草」の句も詠んでいる。

あてもなく踏み歩く草はみな枯れたり

強いはずの草が枯れ果てていく。放浪の身に足もとから不安を感じていたのだろうか。

深く考えず、やみくもに練習して動き回る。ずっしりと感じる疲労が「いい練習をした」と錯覚させるが、実際は何も身についていない。こんな選手は多い。

自分でじっくり考えて1日の計画を立ててみると、無駄な動きが見えてくる。無駄を削れると動きが変わって歩が進み、新芽が出てくる。与えられるのではなく、主体を持って動ける選手はハツラツとしているから2軍、3軍でも目立ち、結果につながる。

するとある日、1軍から声が掛かる。

てふてふ うらからおもてへひらひら

軽やかなモンシロチョウを見つけて、また山頭火の句が浮かんだ。表舞台に舞い上がるきっかけとは、いつも「突き詰めて考える」という行為の中にある。(次回は6月下旬掲載予定です)

◆小谷正勝(こたに・ただかつ)1945年(昭20)兵庫・明石市生まれ。国学院大から67年ドラフト1位で大洋入団。通算10年で285試合に登板し24勝27敗6セーブ、防御率3・07。79年からコーチ業に専念。11年まで在京セ・リーグ3球団で投手コーチを務め、13年からロッテで指導。17年から昨季まで、再び巨人で投手コーチを務めた。