スタンドのファンに見送られながら、監督や選手がグラウンドを後にする-。ヤクルトの本拠地、神宮球場に「いつもの景色」が戻ってきた。勝った後の恒例となっている、一塁側内野最前列で選手と触れ合える「ハイタッチネット」は開放されていないが、歓喜の余韻はみんなで味わえる。

ウィズコロナ時代。ありふれた景色が、なくなってしまうかもしれない。

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、NPBのガイドラインにより記者はグラウンドに立ち入り禁止となっている。試合後の神宮で伝統的な取材といえば、クラブハウスへ引き揚げる監督や選手と並んで歩きながら話を聞く、通称「ぶら下がり」という取材。取材歴の長い先輩記者に聞くと、以前はいくつもの球場で同じような取材スタイルがあったそう。最近では珍しく、12球団の本拠地で残っているのは神宮だけだ。

24日、巨人戦の試合後、ベンチから1人で引き揚げるヤクルト高津監督
24日、巨人戦の試合後、ベンチから1人で引き揚げるヤクルト高津監督

興奮冷めやらぬ中、取材対象者の表情を近くで見て、第一声が聞ける。担当記者としては醍醐味(だいごみ)だった。昨季は小川監督(現GM)と歩くことが多かった。背が高く足も長い小川監督は早歩きで、私は常に小走りだった。5~6月にかけては、セ・リーグワーストタイの16連敗を喫して最下位。神宮での成績は28勝41敗2引き分けと鬼門だったこともあり、険しい表情が多かった。

大勢の記者に囲まれながら歩く姿は中継のカメラに抜かれ、ブルペン横の通路に入る所ではカメラマンが待ち構えている。黒星が増えるほど険しさも増した。もちろん、ファンの温かい声援も、強い言葉も耳に届く距離。監督退任が決定した後、シーズンを振り返った際に「ファンの方の厳しい声には、覚悟を決めて歩いていた」と聞いた。あの表情の裏側に、そんな思いを抱いていたのか…忘れられない言葉になった。

グラウンドへの立ち入りは、しばらく禁止のままと予想される。ソーシャルディスタンス確保のため、囲み取材もできない現状。グラウンドでのぶら下がり取材をする球場が減ったことと同じように、さまざまなものが変化していく。

ただ、今だからこそ、見える景色もある。神宮で初の有観客試合となった24日の巨人戦。午後5時20分ころ、高津監督がベンチ入りする際、グラウンドに姿が見えると、一塁側スタンドのヤクルトファンは拍手で迎えた。自然発生的に、拍手が沸き起こる瞬間を見た。寂しい半面、新しい「いつもの景色」も悪くないな、と思う。【保坂恭子】