皆が皆、めでたいわけでは当然なく、逆にどちらかといえば何かと息苦しい思いで日々を過ごしておられる向きの方が多いだろうと想像するので、簡単には言いたくないのですが、そこはそれ、やはり書くのが礼儀でしょうか。

 前書きが長くなりましたが、みなさま、新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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 新たな年に当たって、ズバリ、2人の投手に注目したいと思います。阪神藤浪晋太郎、広島大瀬良大地です。

 この名前を聞けば「ああ、あれか」と思い当たる野球通は多いでしょう。言うまでもない17年8月16日、お盆休みの京セラドーム大阪で起きた光景のことです。セ・リーグのライバル対決となった阪神-広島の1戦でした。

 この試合は制球難からの不調としては初の2軍落ちを経験するなど苦しんだ阪神藤浪の復帰登板でした。右打者のインサイドに投じる真っすぐが抜けて、死球になるケースが目立っていたのは知られるところです。

 そこからの復活を目指したこの試合、立ち上がりは順調かと思われましたが、2回、打席に入っていた大瀬良の左肩に死球を当ててしまったのです。

 投手への死球は、野球のタブーの1つでしょう。顔面蒼白(そうはく)になった藤浪は帽子を取ってわびました。このとき大瀬良は「大丈夫、大丈夫」とばかり、笑顔をふりまいたのでした。

 この行動は若い野球ファン層を中心に高く評価され、ネットでは大瀬良の「神対応」などと言われ、かなり盛り上がったのです。

 こちらも大瀬良を知るだけに「やっぱりええヤツやのう…」と素直に見ていました。

 同時に思い浮かべたのは「あのときとは違うかな」というものでした。

 「あのとき」とは15年4月25日、マツダスタジアムでの広島-阪神戦のことです。

 この試合、藤浪は打席に入り、バントの構えをしていた黒田博樹投手にすっぽ抜けの内角球を投げてしまったのです。ヤンキースから広島に復帰し、優勝の原動力へと大きく注目されていた黒田、これに怒り、怒声を上げながらマウンドに歩み寄り掛けたのです。

 これで両軍がベンチから飛び出し、あわや乱闘かという騒ぎになりました。

 黒田と大瀬良で、対応がこれだけ違うんやなあと言う思いと同時に、あの体験が藤浪の投球に影響してきたのかも…、などという考えがふと沸いてきたのです。

 そこで藤浪が大瀬良にぶつけた翌日17日の試合前、広島緒方孝市監督にこの話をしてみました。すると緒方監督は、思いもよらない話を始めたのです。

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 緒方監督 それなんですよね。さっき、少しだけ、話したんですよ。大瀬良と。お前な、そういう性格なんだろうけどオレは少し、違うと思うよという風にね。若い選手なんであまりキツくは言ってないつもりですけど。

 つまり笑顔をつくった行動について、何をしているのだと指導したというのです。

 この事実については、昨季に広島がセ・リーグ連覇を決めた後あたりから新聞紙面などで世に知られる話となりましたが、このときはまったく生々しい秘話でした。

 先にも書きましたが世間は大瀬良の行動を評価していた時期でしたから、なるほど、プロはそういう見方をするんだなと思ったものでした。

 その後、広島担当の前原記者のコラムなどで、緒方監督が大瀬良を監督室に呼び「いい人だけじゃ勝てない。いい人はユニホームを脱いだところでやってくれたらいい」などと話した詳細が明らかになっています。

 では私が瞬時に思い出した存在、そう、すでに現役を引退した黒田博樹氏はどう思っているのか。

 10月のクライマックス・シリーズの際に話す機会があり、少しだけ聞いてみました。

 「まあなかなか自分の立場からは言いにくいですよね」と言う黒田氏でしたが「これだけは言えます」と前置きした上で、話してくれました。

 黒田氏 自分が若い頃、プロで結果が出なかったのは生きるか死ぬかくらいの覚悟が足りなかったからだと思っています。広島で経験を積んで分かってきましたが、メジャーにいって、そのことはさらに実感しました。メジャーの連中は1球1打に人生を懸けている。少しでも甘い考えでいたら一発でやられるということです。

 やや遠回しですが、明らかに緒方監督の厳しい思考を肯定しているものです。

 野球で「先発投手の仕事」ということを考えれば特別な意味もあります。これは他の関係者も口にしていましたが、先発投手は自軍そのものを背負って試合に臨むもの、その投手が死球を食らって笑っていては打者が同じ状況になっても怒れないじゃないか、ということです。

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 緒方監督、黒田氏の考えは、生活を含めた意味で命を懸けているプロのグラウンドで「神対応」はあり得ない、というものです。

 これには自分はもちろん、家族の生活を支える男として同感できる部分はあります。

 しかし、どこかで「でもなあ…」と思ってしまう自分がいるのも事実です。

 戦う相手だけど、同時にグラウンドを離れれば野球人としての仲間でもある。

 さらに大瀬良、藤浪の2人には交流もあり、特に藤浪の苦労を知る先輩である大瀬良にすれば、とっさにそういう行動に出てしまうのも分かる気がするのです。

 くだらない仮定の話で恐縮ですが、もし自分が野球選手でああいうことになれば、大瀬良のような態度を取っていたかもと、思います。嫌いな相手なら別かもしれませんが。

 我々、新聞記者の世界でも同業他紙の記者と日々、特ダネを巡って争うわけですが、別にお互いの仲が悪いわけでもないし、「対・取材対象」などで場合によっては協力することもあります。

 どんな世界でも、それは同じでしょう。それとこれとは違うで、ということは常にあるものです。

 昨年オフに少しだけ藤浪と話をする機会がありました。このとき思い切って、この話題を持ち出してみたのです。厳しい見方をしている人もいるという話を含めて。藤浪はなんと言ったか。

 藤浪 大瀬良さんにああいう対応をしていただいて、ホッとしたのは間違いありません。ただ、そういう考えがあるのは、もちろん、承知しています。ボクの口からは何とも言えませんけれど。

 藤浪にすれば精いっぱいの言葉を伝えてくれたと思っています。

 プロとしての厳しさ、そして野球人としての仲間や友情から出る心配り。

 どちらが優先するのか。正直言って、私には判断のつかないテーマです。結果的に野球がおもしろくなれば、それが一番いいのですが…。

 とにかく2人の右腕にはああいうこともあったなあ、と笑える活躍をしてほしい。そんなことを思いながら球春を待っています。


広島黒田(右)は2球連続で厳しい内角攻めを受けて転倒、声を出し歩み寄る。左は帽子を取って謝る阪神藤浪(2015年4月25日撮影)
広島黒田(右)は2球連続で厳しい内角攻めを受けて転倒、声を出し歩み寄る。左は帽子を取って謝る阪神藤浪(2015年4月25日撮影)