阪神の秋季練習が始まった23日、甲子園に足を運んだ。就任会見に行けなかったので、あらためて新監督・矢野燿大にあいさつした。「よろしくどうぞ」と右手を出すと「何もできませんけどね」とニンマリと握手。そこに“大任”を引き受けた気負いのようなものは感じられなかった。

矢野のいいところは間違いなく、こういう面だ。どんな局面でも必要以上に力が入ることはなく大阪弁でごく自然に振る舞う。関西の球団・阪神にありそうでないものを持っている。そんな船出に冷や水を浴びせるのはやめておきたいけれど、やはり再建は簡単ではないということは書く。矢野が打ち出した「対話路線」にもそれを見る。

虎番記者たちに対し、矢野が強調したのは選手、あるいはコーチとコミュニケーションを取るということだ。これはもちろん重要。今の世の中、上下関係があっても相手が何を思っているか、どうしたいかを知るのは大事だ。一般社会でもテーマだろう。球界も無関係ではないし、矢野が言うことは正しい。

だが、それで心配なのは今季まで前監督・金本知憲が打ち出してきた「厳しさ」はどうなっていくのか、ということだ。往年のファンはかつての阪神から「ぬるま湯ムード」を連想する。日本一になった2年後の87年から指揮官・野村克也で3年連続最下位になった01年までの「暗黒時代」、その背景にあるのが「ぬるま湯ムード」だった。

12球団でもトップクラスの人気チーム。シーズンの結果に関係なく、地元を中心に人気はあるし、観客も入る。だから真剣に勝利を追求しない。そんな雰囲気があった。それを変えたのが闘将・星野仙一だった。現在のチームも、その流れをくんでいる。

例えば選手に「キミはどうしたい?」と聞けば例外なく「自分を使ってほしい」というだろう。ベテランでも若手でも同じ。試合に出たくない選手はいない。だからこそすべての意見を聞くことはできない。指揮官の決断が必要になる。そこで大事なのが「厳しさ」だ。ときには選手のメンツをつぶすような場合もあるだろう。それをしっかり発揮できるかは、矢野にとって、まず大きな仕事だと思う。

「野球でレギュラーは与えられるものでなく競え、とか言うやろ。そりゃ競争は大事やけど最後に決めるのは監督なんだ。だから結局は監督が与えるという形になる」

生前の星野から聞いた言葉だ。もちろん星野に師事した矢野も分かっているはず。対話からの決断。矢野のバランス感覚が阪神の行方を左右すると思う。(敬称略)(編集委員・高原寿夫)