野球手帳

履正社・両井 亡き父の母校と対戦「縁があるなあ」

<高校野球秋季大阪大会:履正社13-3明星>◇16日◇2回戦◇履正社グラウンド

履正社が明星を13-3の5回コールドで下し3回戦に進出した。

7番左翼で先発出場し、3打数3安打だった履正社・両井(撮影・望月千草)
7番左翼で先発出場し、3打数3安打だった履正社・両井(撮影・望月千草)

「7番左翼」で初先発した両井大貴外野手(2年)は3打数3安打の活躍で父の母校に打ち勝った。父伸博さんは、明星野球部OB。正捕手として活躍し、青学大でもプレー。高校時代は、プロ野球のスカウトも練習に視察に来るほどの注目選手だったという。「(父は)家の前のスペースでティーバッティングをする時、トスを投げてくれたりしました」。父の指導の下で腕を磨き、中3時にはU15日本代表にも選出され、仲三河優太(大阪桐蔭=2年)らとアジア選手権に出場した。「憧れだった」という履正社に入学する夢もかなえたが、1年の冬、支え続けてくれた伸博さんがクモ膜下出血で急逝。49歳の若さだった。初めて1桁の背番号「7」をもらったこの秋、父の母校と対戦。「縁があるなあと思いました」。相手校に亡き父の姿をしのんだ。

教えを全うした活躍だった。「技術のことよりも、野球を楽しめと言ってくれていた。今日はそれが出来たと思います」。この日は3打席連続で先頭打者で出塁。2回の第1打席は「池田(凜内野手、2年)が逆方向に打っているのを見て、ヒットゾーンはレフト方向を意識した」と、思惑通りに左前安打で出塁。2点リードで迎えた3回には右越え三塁打で出塁し、チーム6点目のホームを踏んだ。4回にも中前打、5回は1ストライクからしっかり見極めて四球と、全4打席で出塁した。

6日の八尾北との初戦は代打で途中出場し、四球。「背番号7をつけているのにベンチで悔しかった」。不完全燃焼を断ち切るため「小深田(大地内野手、2年)や池田の絞り球や打ち方とか、良いところの話を聞いてまねしました」。甲子園を経験したメンバーのテクニックを参考に取り入れた。チームは打順もまだ固定がなく、発展途上だ。「役割が果たせたと思います」とつかんだ先発出場のチャンスで、しっかりアピールしてみせた。

チームは10安打13得点で2試合連続コールド勝ちと快勝が続く。2年連続のセンバツ出場へ、また1歩前進した。【望月千草】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)

◆両井大貴(りょうい・だいき)2003年(平15)2月10日生まれ、大阪府堺市出身。小2から西陶器ジュニアファイターズで野球を始め、オリックスバファローズジュニアにも所属し、当時は捕手。泉ケ丘東中では、外野手として松原ボーイズに所属、U15日本代表も経験。履正社では2年春にベンチ入りも、夏はベンチ外。173センチ、80キロ。右投げ左打ち。

7番左翼で先発出場し、3打数3安打だった履正社・両井(撮影・望月千草)
7番左翼で先発出場し、3打数3安打だった履正社・両井(撮影・望月千草)

 野球をこよなく愛する日刊スポーツの記者が、その醍醐味、勝負の厳しさ、時には心が和むようなエピソードなど、さまざまな話題を届けます。

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