1カ月半ぶりの再会だった。茨城国体に出場した関東第一(東京)の大久保翔太外野手(3年)は「甲子園ではお世話になりました!」と、変わらず人懐っこい笑顔を見せてくれた。変わったのは、ちょっと髪の毛が伸びたぐらいだ。
50メートル5秒7の快速で沸かせた。もともと高校までで野球をやめ、大学では夢の理学療法士に向かって勉強に専念するつもりだった。ところが、甲子園でプレーしたことで野球の楽しさを再認識。大学でも続けることを決意した。
決断の続きが気になり、国体取材へ向かった。
「今は大学に願書を出してます。トレーナーの勉強ができるところです。トレーナーになれたら、理学療法士の資格も考えます」
志願先の大学は、実力派リーグの1部校だった。プロも輩出している。野球と理学療法士の“二刀流”を追い求める姿勢は、全くぶれていなかった。
甲子園での経験は、どんな意味を持ったのか。改めて聞いた。
「見てくれた方が、いろいろ声をかけてくれました。『格好良かったよ』と。うれしかったですね。あの大舞台、夢舞台で野球ができたことが、これからの人生の糧になると思います。第1歩です。一生懸命、正しい道を歩んでいきたいです」
プレーを見て、すぐ分かった。甲子園8強に、うぬぼれることはなかった。明石商(兵庫)との初戦。定位置の「1番中堅」で先発出場すると、内野安打2本を含む3安打、1盗塁1得点とかき回した。茨城出身。スタンドに駆け付けた地元の友人たちから歓声を浴びた。塁に出れば、スタートを切りそうで切らなかったり、ディレードで走ったり。相手バッテリーの注意を引きつけ、打者をアシスト。次打者の本塁打を呼び込みもした。
仙台育英(宮城)との準決勝は2安打2打点。そして、初優勝をかけた海星(長崎)との決勝では、4安打2打点の大暴れ。お立ち台にも呼ばれた。日本一になって高校最後の公式戦を終えた。
「関東第一は強豪校。入った時は不安の方が多かったですけど、みんなとやってワクワクの方が多い野球人生でした。今、思うのは『やってきたことは正しかったな』と。優勝という結果に表れました。自信を持ってやっていきたいです」
大学でも真剣に野球をやる。「まだ続けたい」と思ったら、社会人野球も考えるという。
人生は選択の連続だ。あの時、あっちを選んでおけば、違う人生になっていたのに…と後悔したことがない人は少ないだろう。そうならないためには? 18歳の生き様が、好例を示してくれているように思う。【古川真弥】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)




