また出た。そう思った。各紙の虎番キャップたちを前にした指揮官・岡田彰布の談話だ。交流戦ブレークの4日間が終わり、リーグ戦が再開される。次の区切りは7月の球宴まで。自らその部分を切り出した岡田はこんな話をした。

「ここをなんとかな、今いてるメンバーでしのいでいかなあかんなあ。まあ貯金をもっと増やすとか、そういう問題やなしにな」

また出たと思ったのは「しのぐ」という言葉だ。交流戦ラストの18日。ソフトバンクに負けた後、岡田は自らに言い聞かせるようにこんな話をしていた。

「いまは誰が調子いい言うたら、別に、はっきり言うて誰もいないような現状やからな…。なんとかしのいで、しのいでな、ゲームつくってな…」

「しのぐ」というこの言葉が強く印象に残る監督がいる。30年近くも前、90年代半ばのオリックス黄金期に指揮官を務めた仰木彬だ。「マジシャン」として球史に残る人物である。

90年代当時は強さとともにイチローを擁し、低迷する阪神に負けない人気があった。当時、交流戦があればどんな様子だったろうと想像することもある。

その仰木は「しのぐ」という言葉を好んだ。試合を振り返り「しのいで、しのいでな」と口にしたものだ。限りある戦力を采配でなんとかする、という意味だろう。個人の感覚だが、あまり耳慣れない言葉だったので印象に残っている。

今、同じ言葉を使う岡田は多くの監督の下で選手、コーチとして過ごしてきた。だが誰かの考え方をまねることはないと言い切る。その中でも、やはり意識しているのは仰木だと思う。

阪神を自由契約になり、オリックスに入団するとき獲得に動いたのが仰木だった。そして「がんばろう神戸」の95年、パ・リーグ優勝に貢献し、岡田は現役を退いた。そのシーズン、岡田がファーム落ちするときに仰木から「若い選手の面倒を見てきてくれんか」と言われたという。

岡田にとって、それが指導者への第1歩だった。そして、いま15年ぶりに阪神監督として新たな戦いが始まっている。首位で迎えるリーグ戦再開の大事な試合でビーズリーを先発させる手法もなかなか面白い。

選手が不調なときにどう勝つか、勝たせるかが指揮官の腕だろう。岡田本人は意識していないかもしれないが“仰木直伝”「しのぎ野球」の戦いだ。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)