郡山(奈良)を46年間率いて春夏通算11度甲子園に出場した森本達幸(もりもと・たつゆき)さんが24日午後3時17分、心不全のため奈良県大和郡山市の病院で死去した。88歳だった。
現役時代は左腕の投手。エースを務めた郡山では甲子園出場がなかったが、関大では元阪急監督の上田利治とバッテリーを組んだ。元阪神投手の村山実らとともに56年の全日本大学選手権を制覇。社会人の京都大丸を経て63年に母校の監督に就任。県内屈指の公立進学校を春6回、夏5回、甲子園に導いた。71年夏には4強に進出した。
勇退が決まっていた09年夏は奈良大会の決勝で天理に敗れた。74歳まで毎日ノックバットを握る熱心な指導で、強豪と渡り合った。教え子の現役プロはロッテ荻野貴司。
通夜は30日午後7時、葬儀・告別式は7月1日午前11時から奈良県大和郡山市永慶寺町5の76、永慶寺会館で行われる。喪主は妻明美(あけみ)さん。香典は辞退の意向。駐車場の関係で、公共交通機関での来場を呼びかけている。

