天国の母へささげる88球の力投だった。滋賀学園の高橋侠聖投手(3年)がピンチの場面でマウンドに上がった。4回に3-4と逆転され、なおも2死二、三塁。カウント2-2から、124キロの直球で空振り三振に仕留めた。身長165センチながら、低く伸びる直球を武器に、相手に傾いた流れを食い止めた。5回1/3を2失点。「自分はここまでできるとは、思っていなかった。でっかい舞台で投げたこともないんで、この舞台で結果を残せて、とてもびっくりしています」。好救援で夏の甲子園初勝利に導いた。
4歳から野球を始めたが、すぐに悲しい別れに直面した。5歳の時に、当時20代だった母千穂さんが、がんでこの世を去った。亡くなる前に、思いを託された。「野球でお父さんを支えていってね」。ベンチ内には、遺骨を納めたペンダントを忍ばせ、味方になってくれた。「母との約束で『野球で父親をこれからも支えていく』って。プロ野球選手を目指したい」。今も野球を応援し続ける父や家族への感謝は尽きない。「迷惑がかかってる中で自分を育ててくれた。『しっかり自分も成長できたんやで』と伝えたい」。
滋賀大会は、背番号1を背負うも、甲子園では脇本耀士投手(3年)に譲った。山口達也監督(53)は「県大会の脇本は調子がよかった。高橋はそういう気の強い子ですから、『くそ』っていうのが狙い。これでまた奮起してくれたら」と意図を語る。滋賀県勢は01年の近江の準優勝が最高成績。高橋侠聖は「滋賀県初の優勝旗を持って帰るのは目標。絶対持って帰りたい」と宣言した。【中島麗】

