巨人が扇の要に戻った「大黒柱」の一打で、同一カード史上初となる阪神戦通算1000勝を達成した。同点に追いつかれた直後の6回1死一、三塁、阿部慎之助内野手(36)が右前へ決勝の適時打を放った。阿部は今季初の猛打賞の活躍だった。今季から一塁へコンバートも、相川の負傷で前日3日から捕手に復帰。「4番・捕手」で4連敗中のチームをけん引し、歴史的な節目を飾った。

 1勝の重みを、阿部は言葉に込めた。阪神戦1000勝の日に、決勝打をマーク。長い年月を経ての偉業に「OBの方々が積み重ねてきたもの。こういう試合で(決勝打が)出たのも光栄です」と敬意を表した。プロ初出場は阪神戦で、子供の頃に憧れたのは阪神掛布。「思い入れがある」伝統の一戦の節目を決めた。

 阿部ならではの嗅覚だった。同点とされた直後の6回1死一、三塁。2-2からの外角スライダーを右手一本の形で右前に運んだ。原監督を「価値がある。チームに勇気をもたらす1本だった」とうならせた一打。バットを入れる角度、ボールを落とす位置、洗練された技術で刻み、打者11人6得点の猛攻を呼んだ。

 ミスターの言葉で覚悟を固めた。昨年末、長嶋終身名誉監督から夕食に誘われ強く言われた。「このチームは、慎之助がやらないといけないんだ」。最高級の鉄板焼きに舌鼓を打ちながら湧き上がる闘志。何度も何度も繰り返されるミスターの言葉にうなずき、強く誓った。「俺はやる」。

 15年1月1日。今年のスタートは、東京ドーム室内のウエートルームだった。午前9時、長男成真くん(3)を連れ球場入り。夜のコンサートに向け慌ただしく動き回るスタッフ、音響が響く異空間の中、マシン打撃でバットを振り込んだ。スイッチを入れたテレビでは正月番組が流れた。笑い声が聞こえても、ただひたすらに己と向き合った。

 あれから約3カ月、シーズン開幕の3月27日に同じ東京ドームに立った阿部の脳裏には、あの日がよみがえった。手には決意のファーストミットを携えた。

 阿部 正月に来たけど、全然違うな。あれから3カ月か…。今思うと、短いようで長いな。でも、1年のうちの4分の1と考えれば、すごく重いもの。しっかりかみしめて、プレーするよ。

 開幕から7日後の3日、東京ドームに立つ阿部は、プロテクターとマスク姿だった。強打の一塁手で「3割、30本を目標」に掲げたが、相川不在の緊急事態の救世主として捕手に戻った。「今日の朝、体が悲鳴を上げていた。今日はゆっくり風呂に入って、寝ます」と笑った。苦境の中、巨人の“太陽”がチームに光を与えた。【久保賢吾】

 ▼阿部がV打を含む3安打。開幕直後の巨人は12年4月18~22日に5連敗、13年4月26~29日に4連敗、14年4月11~15日に4連敗したが、3度とも連敗を止めた試合のV打点は阿部。これで阿部が4年続けて4月の4連敗以上を止めた。阿部の阪神戦猛打賞は12年9月16日以来で、V打点は13年4月16日以来16度目。阿部はプロ初出場の01年3月30日阪神戦で2安打、4打点の大活躍も、過去2年の阪神戦は13年打率2割1分9厘の8打点、14年打率2割4分7厘6打点とさっぱり。2年続けて抑えられた阪神投手に対し、今年は2試合で5安打した。