ノーノーの巨人杉内引退、けがに苦しみ…近日中会見

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巨人杉内俊哉投手(37)が今季限りで現役を引退することが11日、分かった。近日中にも会見が開かれる。

12年5月30日の楽天戦で史上75人目のノーヒットノーランを達成するなど活躍。17年間でプロ通算142勝(77敗)、歴代4位の勝率6割4分8厘をマークしたが、15年10月に右股関節を手術してからは左肩痛にも苦しみ、1軍公式戦から遠ざかっていた。「松坂世代」を代表するノーノー左腕がユニホームを脱ぐ。

肩が上がらない。投げられない悔しさと闘った。杉内は、昨年4月10日の2軍戦を最後に実戦マウンドから遠ざかった。「これ以上、球団に迷惑をかけられない」。実戦復帰のメドが立たない現状に自身の引き際を悟った。悔いは残る。「ケガだからね。めった打ちにされたら諦めもつく。やっぱり、投げたかった」。股関節の手術後、1度はオープン戦で1軍復帰するも、左肩痛で再離脱。3軍でリハビリに明け暮れる日々は葛藤の連続だった。主戦場としてきたマウンドまでが遠かった。

球界の勝ち頭として修羅場を勝ち進んできた。プロ入り17年間で通算142勝をマーク。勝率6割4分8厘は歴代4位と際立つ。03年日本シリーズMVP、05年沢村賞、最多勝、最優秀防御率、最優秀選手、08年から2年連続で最多奪三振など、獲得したタイトルを挙げればきりない。だが、ケガが全てを奪った。今年、初夏のジャイアンツ球場で言った。「過去はゴミだから。投げられなくなって素直に思う。痛感させられたよ」。振り返らず、おごらず、前だけを見てきたから勝ち取れたものだと悟った。

後輩からも愛される優しいアニキだった。巨人移籍後は内海らから「俊兄」と呼ばれ慕われた。だが、野球となれば、穏やかな顔つきは一変する。ダイエー時代の04年6月1日ロッテ戦で2回7失点と炎上。ベンチに戻った際に椅子を両手で殴り、両手の第5中手(ちゅうしゅ)骨を骨折。復帰まで3カ月以上を要した。「決して許されることじゃない。2度とやってはいけないこと。でも『こんな自分もいるのか』と気付いた」。野球が感情表現の唯一の方法だった。

決して大柄ではない身長175センチから相手打者を切り裂くスライダーとキレのある直球が代名詞。球界屈指のサウスポーとして、06、09、13年は日本代表として3度のWBCを戦い、世界舞台でも当たり前のように活躍した。そんな大投手もケガには勝てなかった。「最後にもう1勝したかった。もう1回、投げたかった」。願いはかなわぬままユニホームを脱ぐ。

◆杉内俊哉(すぎうち・としや)1980年(昭55)10月30日、福岡県生まれ。鹿児島実では3年夏の甲子園でノーヒットノーランを達成。三菱重工長崎を経て01年ドラフト3巡目でダイエー入団。03年日本シリーズMVP。05年は最多勝利、最優秀防御率でリーグMVP、沢村賞。11年オフにFAで巨人に移籍。背番号18。12年5月30日楽天戦でノーヒットノーラン。最多奪三振3度、最高勝率2度。06、09、13年WBC日本代表。175センチ、82キロ。左投げ左打ち。

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