06年夏の甲子園決勝で、早実と対戦した駒大苫小牧の主将で、現在は北海道のクラブチームTRANSYS助監督兼外野手、本間篤史氏(33)が、引退を表明した日本ハム斎藤佑樹をねぎらった。引退のニュースはネットで確認。「もがきながら頑張る姿に、いつも勇気づけられていた。やり切ったのだと思う。お疲れさまでした。今度、ゆっくり札幌でご飯でも食べに行きましょう」と話した。
甲子園での対戦以降も、継続して連絡を取り合う仲で、昨年10月に斎藤の右肘靱帯(じんたい)断裂が判明すると、電話で話をしたという。「手術をするのか心配で。手術しないで治すとのことだったので、一緒に頑張ろうと」。その後も斎藤のニュースに対する書き込みなどを日々、チェックし「いろんなことを言われ、書かれながらも、こうやってやり続けてきたことが、すごいことだと思う」と、重圧に耐え現役を続けてきた戦友に、敬意を表した。
06年夏の甲子園、早実との決勝1試合目、1-1の延長15回表2死、早実エース斎藤との対決は、140キロ台後半の直球を5球続けられた後のフォークにタイミングを崩され空振り三振。この裏、田中将大(現楽天)が無失点に抑え再試合が決まった。斎藤には2戦で5三振を喫し「佑ちゃんを打てなかったからこそ、どうしたら打てるのか考え、大学や社会人まで野球を続けられた」と感謝した。
亜大からJR北海道に入り17年限りで1度、現役引退。18年4月に退社し19年から北海道のクラブチームTRANSYSで現役復帰した。現在は外野手兼助監督を務める。「何らかの形で、僕たちのチームに力を貸してもらえたら」。06年夏を盛り上げた「メガネ王子」は「ハンカチ王子」に引退後の“オファー”を出した。【永野高輔】
◆本間篤史(ほんま・あつし)1988年(昭63)8月3日、北海道・余市町生まれ。余市沢町小4年で野球を始め、余市西中時代は余市シニアでプレー。駒大苫小牧では1年秋から背番号8をつけ、05年夏の甲子園で優勝、06年夏は準優勝。亜大から11年にJR北海道入り。都市対抗5回、日本選手権4回出場。12、16、17年に北海道社会人ベストナイン。178センチ、92キロ。右投げ右打ち。



