ありがとう鳴尾浜。阪神2軍が25日、鳴尾浜で行われたウエスタン・リーグのホーム最終戦を終え、同球場30年の歴史に幕を閉じた。ソフトバンクに6-14で敗れたが、スタンドは570人の観衆で超満員。井上広大外野手(23)の“さよならアーチ”などで沸いた。球場や虎風荘やなどの2軍施設は来年1月まで練習などで使用し、3月からは兵庫・尼崎市に建設中の「ゼロカーボンベースボールパーク」に移る。

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◆完成(94年10月7日)西宮市鳴尾浜に、グラウンド、合宿所、室内練習場を備えた「Tiger Den」(虎の穴)が完成。練習場は尼崎市・浜田球場から、合宿所は甲子園球場前からそれぞれ移転した。

◆被災(95年1月17日)阪神・淡路大震災で、施設が深刻な被害を受ける。

◆真弓が入寮(同3月3日)41歳のベテラン真弓が異例の入寮。震災の影響で神戸市内の自宅からの通勤が困難となったため。

◆新庄が正座(同7月23日)2軍練習に遅刻した新庄が衆人環視の中、1時間の正座。この日2軍監督から昇格した藤田1軍監督代行が、厳罰をくだした。

◆初V(98年9月10日)ウエスタン近鉄戦に引き分け、鳴尾浜で初の優勝決定。和田博実監督が舞った。

◆前代未聞の批判ビラ(99年8月9日)助っ人左腕のメイが野村監督を批判するビラを報道陣に配布した。

◆岡田2軍監督3度のV 98年にオリックスから復帰し、打撃コーチを経て99年から2軍監督。鳴尾浜で関本、浜中、北川ら若手を鍛え、4年間でウエスタン優勝に3度導いた。

◆掛布2軍監督 16年から2年間、現役時代の背番号31で指揮を執った。優勝はならなかったが、降格していた大山や横田らの成長に力を尽くした。

◆奇跡のバックホーム(19年9月26日)脳腫瘍のため引退を決めていた横田が、ソフトバンク戦の8回2死から中堅守備で出場。いきなり飛んできた中前打で本塁突入した走者をノーバウンドの好返球で刺し、現役生活に別れを告げた。