巨人の「サード」は魅せなければ-。いきなりの華麗なプレーだった。1回裏、先発山崎の4球目、ロッテ藤原の鋭い当たりが三塁を襲う。守る門脇誠内野手(24)が俊敏な反応で横っ跳び。伸ばした左手のグラブに白球が収まった。沸く巨人ファンで埋まった左翼席。時代は令和になっても、巨人で三塁を守るならば、皆が「サード長嶋」の後継者だ。1つの守備で見る者の心を捉え、プロのすごさを示さなければならない。
長嶋氏がこの世を去ってから2日。弔いの勝ち星を目指すナインの気持ちが一気に引き締まる、大きなプレーだった。24年5月3日、球団創設90周年記念特別試合「長嶋茂雄DAY」として行われた阪神戦(東京ドーム)でお立ち台に上がったの門脇だった。
2安打3打点と活躍し、5回終了時にグラウンドへ登場した長嶋氏に勝ち星を届けた。「歴史のある人。自分たちがその思いを背負ってプレーするのは非常に重い気持ち」。偉大な先人が天国へ旅立ち、一層その覚悟は強くなっただろう。
今から72年前、ZOZOマリンから北西に12キロ離れた市川高のグラウンドが「サード長嶋」誕生の地だった。53年6月14日、佐倉一高(現佐倉高)3年の長嶋氏は1試合目の県立船橋高戦に、幼少期から守り続けた遊撃で出場も4失策。2試合目の市川戦から、監督がサードで起用すると決断。これが日本中を熱狂させる「4番サード長嶋」誕生の第1歩になった。
本人は後にコンバートをこう振り返っている。「サードに行ったらエラーをしなくなった。そこにきてバッティングもね。右中間にガーン、ガーンって余計に出るようになった。野球選手として変わった感じがしたね」。プロ通算2186試合中2172試合で三塁を守った。
「自分の性格にあった攻撃的なポジション」。三塁をこうも評していた。右打者が強振した強い打球に向かっていく。捕球から投球までを華麗に魅せる。そして勝つ。それがプロとしての誇りだった。
この日の球場には「3」の背番号を身に着けたファンも多く詰めかけた。時代は変わったが、勝利で喜ばせる使命が巨人の選手にはある。1つの守備、1つの打席に長嶋氏が残した足跡を感じながら、チームは戦い抜く。【阿部健吾】



