元大関貴景勝(28=常盤山)の現役引退に触れ、初めて常盤山部屋取材に行った時のことを思い出した。あれは22年9月。相撲担当となって5カ月を迎えた時だ。

稽古終わりに集まった記者を前に「知らん記者もいるなぁ」と発した貴景勝を前に少したじろいでいると、にやけまじりに「お兄ちゃん、なんかチャック開いてへんか!?」と先手を食らった。ああああ。気がつかなかった。どうやら私はズボンのチャックが全開のまま稽古を見ていたらしい。それも3時間半。やってしまった。「勘弁してやぁ~」と貴景勝の言葉につられ、周りにいた他社の記者からドッと笑いが起きた。

すかさず名刺を渡すと「(格闘家の)平本蓮?」とジョークが飛び、「そんな凶暴ではないです。平山連(むらじ)です」とかえした。帰り際に「忘れへんよ。もう覚えたよ」と言われたのがうれしかった。

原動力はコンプレックス。世界ジュニア選手権無差別級で優勝などアマチュア時代の実績を引っ提げ、鳴物入りでプロの世界へ。しかし、入門したてのころにトップとの差を痛感した。

「神送りの儀式に参加するため残っていた時、初めて幕内の支度部屋に行かしてもらって。そしたら栃ノ心関と碧山関の体に圧倒させられた」。幕内力士たちの前では、175センチ、140キロ足らず体格がかすんだ。十両に上がった時には先輩力士から「どうせ2場所で落ちるだろ」という声を耳にした。そんな悔しさが自分を戒めた。「18、19歳の時は好きな物を食べていた。甘い物を本当は好きだし、若い頃はお菓子も食べていたよ。でも上位初挑戦で5勝10敗(西前頭筆頭の17年名古屋)と完敗してから自分の甘さを絶ったんだよね」。

稽古だけではない。食事や睡眠、何から何まで。24時間あるゆることを相撲にささげた。タンパク質は1日400グラム取ることを目標として、卵10個を目安に残りは鶏むね肉などで補う。飲み物は炭酸水と決めた。全ては相撲のため、押し一本で番付の頂点を目指すためだった。

真骨頂だった頭から当たるスタイルは、結果的に慢性的な首の痛みをもたらす原因だった。命を削る戦いに挑んでいたと言っても決して大げさではない。初土俵から10年。再会した時に心からお疲れさまと言いたい。今度は、チャックは閉めることを忘れずに。【元相撲担当・平山連】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)