大関経験者で東十両5枚目の栃ノ心(35=春日野)が17年間の土俵人生に別れを告げた。19日、引退届を提出し、引退会見を開いた。ジョージア出身として初の幕内優勝、大関昇進を果たし、右四つの力強い相撲から「怪力」が代名詞。多くの力士の壁となるなど、角界に大きな影響を与えた。今年初場所で左肩を脱臼し、生命線の左上手を引けずに今場所は初日から白星がなかった。今後は未定だが、関係者によると日本とジョージアを股にかけた貿易関係の仕事が候補に挙がっている。

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気丈に振る舞っていた栃ノ心が、目に涙をためて声を震わせた。会見に同席した師匠の春日野親方(元関脇栃乃和歌)への思い、母国ジョージアへの思いを立て続けに問われ「本当に、感謝の気持ちしかないですね」と、声を絞り出した。引退は前日18日の夜、この日朝と2度の師弟の話し合いで決めた。朝稽古では前頭碧山らに胸を出すなど、多くの部屋関係者も朝の時点で、引退するとは知らなかったという。

引退の理由として栃ノ心は「1月にケガして、自分の相撲が取れなくなった。あと2、3年は取れると信じていたが残念。相撲を取るのが怖くなった。こんな相撲をファンに見せるのが恥ずかしかった」と冷静に話した。左肩の腱(けん)は複数本切れたままで、左腕に思うように力が入らない。今場所は四つに組んでも力なく敗れてばかりで、1勝もできなかった。春日野親方は「正直、ダメかなと。5日目が1つのヤマと思っていた」と明かした。

残した功績は大きい。照ノ富士ら看板力士もそのパワーに驚かされた。最も影響を受けた朝乃山は、巡業などで右四つを学び「今があるのは栃ノ心関のおかげ」と言った。御嶽海は入門した日に胸を借り「幕内は、こんな相手とやっていかないといけないのか」、正代も「力がすごい」。分厚い壁として大関に昇進する各力士の指標となった。

三役昇進後に右膝の大けがで幕下まで番付を下げながら、大関に昇進した。その後もけがに悩まされながら、はい上がった。原動力について「相撲が大好きなんです」と、笑顔で即答した。

親方になるための日本国籍は取得しておらず、協会には残らない。関係者によると、今後はジョージアからワイン、食材などを輸入し、日本で販売する仕事などが候補。春日野親方は「私が育てた中で1番強かった。これからも部屋で胸を出してもらう」と愛情たっぷりに話した。実施予定の引退相撲まで、後進の指導にあたっていく。【高田文太】

 

◆栃ノ心剛(とちのしん・つよし) 本名レバニ・ゴルガゼ。1987年10月13日、ジョージア・ムツケタ出身。柔道、サンボ、相撲を経験。しこ名は春日野親方の「日本の心を持ってほしい」という思いから。柔道の元欧州ジュニア王者で06年春場所初土俵。08年初場所新十両。同年夏場所新入幕。13年名古屋場所で右膝に大けがを負い、幕下まで転落。18年初場所で初優勝。同年夏場所後に大関昇進。伝達式では「親方の教えを守り、力士の手本となるように稽古に精進します」と親方への感謝を込めた口上で決意を表現。19年九州場所で2度目の陥落。優勝1回。殊勲賞2回、敢闘賞6回、技能賞3回。金星2個。得意は右四つ、寄り、上手投げ。192センチ、176キロ。