30年前のことになるが、篠田正浩監督の映画「舞姫」のロケ取材で「東ベルリン」を訪れたことがある。まだベルリンの壁が存在し、西側からは「チェックポイント・チャーリー」と呼ばれる検問所を越えなければならなかった。

自動小銃を肩に下げた兵士がロケバスに乗り込んできて、1人1人パスポートと顔を点検され、バスの周囲と下側は火薬探知犬と探知機によって入念にチェックが行われた。スパイ小説で何度か読んだ冷戦下の典型的場面が目の前で再現された。

当時のバブリー日本から比べればあまりの格差。この地の過去の流血を思えばはなはだ不謹慎ではあるが、時代がかった東ドイツ兵士の尋問口調がコミカルに思えてならなかった。翌年「壁」は崩壊。あの兵士たちは時代に置き去りにされる運命だったのだ。

「テルアビブ・オン・ファイア」(22日公開)にはこれに似た笑いがある。イスラエルのエルサレムに住むパレスチナ人はヨルダン西岸地区に移動する度に今でも「-チャーリー」と同じような段取りを踏まなければならない。

紛争が沈静化している時の検問所で、イスラエル軍兵士が感じるどうしようもない退屈と、その退屈ゆえに起こるアクシデントや悲劇は、一昨年の映画「運命は踊る」(サミュエル・マオス監督)で印象的に描かれた。今にも芽を吹きそうな紛争のタネを抱えた微妙な平穏。そんな検問所の東西を舞台に、緊張感が笑いを生むユニークなコメディーが「テルアビブ-」だ。

主人公のサラームはエルサレムに住むパレスチナ人だ。叔父がプロデューサーを務めるTVドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」の現場見習いとして、検問を通ってヨルダン西岸地区にあるスタジオに通う毎日だ。ヘブライ語に通じたサラームは言語指導係としても重宝がられている。

ドラマは第3次中東戦争直前のテルアビブを舞台に、イスラエルの軍事情報を探りにきたパレスチナの女性スパイが主人公。彼女とイスラエル軍人のいびつな恋愛模様も見どころとなり、「反ユダヤ」の設定にもかかわらず、イスラエルの女性視聴者の心もつかんでいる。

ある日、検問所の軍司令官アッシに呼び止められたサラームは、ひょんなきっかけで自分は「テルアビブ-」の脚本家だと名乗ってしまう。妻がドラマの大ファンというアッシは興味津々。何度か言葉を交わすうちに「女スパイとイスラエル軍人を結婚させろ」ととんでもない結末を要求して「圧力」をかけてくる。

一方、いざこざ続きの収録現場ではメインの脚本家が降板。にわか脚本家となったサラームはアッシの要求をかなえようと少しずつストーリーに手を加えていくが、パレスチナ人の叔父が主人公が変節するような結末を認めるわけがない。板挟みになったサラームが絞り出した窮余の一手とは…。

日本に伝えられる中東のニュースはただでさえ少なく。対立や紛争の極端な一面を捉えたものばかりだ。イスラエル人とパレスチナ人が混然と暮らすエルサレムの日常描写は目新しい。地元の当たり前はよそ者にとっては不思議。渋谷のスクランブル交差点の当たり前の日常が、外国人観光客にとってはインスタ映えポイントなるゆえんに違いない。

アッシはちょっと暴力的で上から目線だが、妻を喜ばすためのいちずな行動で笑わせる。彼が必死に繰り出すアイデアの数々が「脚本家サラーム」を目覚めさせ、叔父をも感心させるひと幕もある。イスラエルの陳腐がアラブのユニークとなる図式だ。

随所にウディ・アレン調の自虐的笑いを醸しながら、したたかに立ち回るサラームのサバイバル術はパレスチナ人にとってあるある感満載の笑いのツボなのだろう。サラーム役のカイス・ナシェフはゴールデン・グローブ外国語映画賞を得た「パラダイス・ナウ」(05年)に主演した人。ひょろ長い体が印象的で、喜怒哀楽にそれぞれ味がある。

パレスチナ生まれのサメフ・ゾアビ監督はテルアビブ大卒業後にフルブライト奨学金でコロンビア大の美術学博士号を得た秀才。ベタになりそうな笑いの落としどころにひねりを加え、先を読ませない。

両民族にまたがる郷土料理の「フムス」が絶妙のツールとして使われ、双方の意識の違いを際立たせる。

抜きがたい対立を諦観するように見せながら、ほんのりと希望ものぞかせる。検問所発のコメディーには一筋縄ではいかない魅力がある。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)