73年8月、ストックホルムのスウェーデン信用銀行で起きた立てこもり事件は、犯人と人質との間に生まれた奇妙な連帯感で注目された。人質の心理現象を指す「ストックホルム症候群」の語源となった事件である。

11月6日公開の「ストックホルム・ケース」は、この顛末(てんまつ)を個性豊かな俳優陣で描いている。「ブルーに生まれついて」(15年)で注目されたロバート・バドロー監督は「私にはとても思い付けない展開。真実はフィクションより奇妙で、むしろ現実的で意味のあるものに仕上げていく奇妙な挑戦だった」と明かしている。

「ブルー-」でコンビを組んだイーサン・ホークを強盗犯に、「10代の時にこの事件のドキュメンタリーを見た」というスウェーデン出身のノオミ・ラパスを人質女性に配して、当時のストックホルムの雰囲気を再現している。

警察は米国人を装った強盗犯ラースの奇妙な行動に振り回される。ラジオを手にボブ・ディランの曲を流すラースは、自らも歌い、警官にも歌わせる。脱出用に要求するのは映画「ブリット」でスティーブ・マックイーンが乗っていたフォード・マスタングだ。「自由の国」に強い憧れを抱いているのだ。

が、73年はパリ協定によって米軍がベトナムから撤退した年であり、スウェーデンのパルメ首相はニクソン政権の北爆を厳しく批判していた。ラースの憧れは何とも能天気なのである。

対照的に地道な人生を歩んできた銀行員の人質ビアンカは、そんなラースの予想不能な行動にいつの間にかひかれていく。恋愛の不条理をホークとラパスの巧者2人が実感させる。警察側の時間稼ぎは卑劣に思え、政府の木で鼻をくくったような対応は冷たく感じられてくる。症候群のプロセスはわかりやすい。

一方で、警察とのやりとりは何とも緩い。あっさりと建物内に入った捜査陣は2階に「本部」を設け、交渉は階段越しだ。現代の米国なら、犯人はあっという間にSWATの射程に捉えられてしまうだろう。

この事件の前年にクロアチアのファシスト組織によるスカンジナビア航空機のハイジャック事件があり、その時も犯人側に身代金を渡す「平和的解決」がなされたという。ロケセットや衣装、小道具に至るまでしっかりと時代を反映させた気配りが、そんな70年代の立てこもり事件の「空気」を実感させる。

現代の方が軽くなったとは思いたくないが、解決プロセスでのぶれない「人命重視」にホッとさせられた。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)