グランドツアーとは、17世紀から19世紀にかけて英国貴族の子弟が学業終了を機に行った大規模な国外旅行を指す。ようは豪勢な卒業旅行だが、当時はごく限られた人に許された特権であり、彼らだけが夢のような異国情緒を味わうことができた。

ポルトガルのミゲル・ゴメス監督が、その時代の最後を生きた作家サマセット・モームの「パーラーの紳士」に描かれたそんなめくるめく世界に思いをはせて撮ったのが「グランドツアー」(10月10日公開)だ。

1918年、大英帝国から派遣され、ビルマの古都マンダレーに駐在するエドワードは、ロンドンにいる婚約者モリーとの結婚から逃れたいと思っている。彼女がマンダレーにやってくると知った彼は衝動的にシンガポール行きの船に飛び乗ってしまう。

そして、バンコク、サイゴン、マニラ、大阪、上海、重慶へと逃避行は続く。「熱波」(12年)などの作品でカンヌ、ベルリンなどの国際映画祭をざわざわさせてきたゴメス監督の演出は自由自在だ。

ストーリーに沿い、20世紀初頭を再現した映像の切れ目に、ロケハンで撮った各地の現代の風景が当たり前にように織り込まれる。最初は違和感を覚えるが、どの映像にも力があるからいつの間にか引き込まれる。

エドワードが雇ったガイドが連れてきた「3人の妻」の美しい表情。見ほれるエドワードの視線に思わず思いを重ねてしまう。現代部分ではビルマの観覧車を人力で動かすスタッフの、サーカスのような動作に見入ってしまう。これもロケハン映像なのだろうが、大阪のうどん店の描写にも不思議な異国情緒が漂う。

カラーとモノクロのパートが混じり合い、言語は各国のものがそのまま使われる。まさに何でもありだが、いつの間にか出来のいいモザイク画のような一体感を帯びてくる。

前半がエドワードの逃避行、後半がモリーの追跡行という構成になっている。

エドワード役は、ゴメス作品は「アラビアンナイト」(15年)に続いて2作目のゴンサロ・ワディントン。止められない衝動やなさけなさが伝わってくる。

モリー役はゴメス作品の常連であるクリスティーナ・アルファイアテ。サイレント映画時代の女優のような雰囲気があり、けなげな感じがいい。

前半はエドワードに共感する部分があり、後半はモリーに同情する。それぞれに目が離せない魅力的なキャラに仕上がっている。ジョニー・デップをいかつくした感じのクラウディオ・シルヴァがキーマンとなる富豪を演じていて作品のアクセントになっている。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)