2018年に公開された「ブラックパンサー」でマーベリック映画史上初となる黒人のスーパーヒーローを演じたチャドウィック・ボーズマンさんが先月28日、大腸がんのため43歳の若さで亡くなったニュースは世界中の映画関係者はもとよりアメリカ社会にも大きな衝撃を与えています。

世界的大ヒットで社会現象にもなった「ブラックパンサー」はアメコミ映画史上初めてアカデミー賞作品賞にノミネートされ、主人公のブラックパンサーことワカンダ王国のティ・チャラ役を演じたボーズマンさんは一躍大スターとなりました。その後も「アベンジャーズ」シリーズに出演し、6月にはスパイク・リー監督の新作「ザ・ファイブ・ブラッズ」がネットフリックスで配信されたばかりで俳優としてまだこれからだと誰もが思っていた矢先の急死で、4年前に大腸がんのステージ3と診断されて人知れず闘病生活を送りながら俳優を続けていたことが初めて明かされたのです。

「ブラックパンサー」に主演していた時にはすでに病に侵されていたことになりますが、自身の病気については一切口外せずに手術や化学療法を行いながら俳優として第一線で活躍し続けていたことに驚きが隠せません。同作でメガホンを取ったライアン・クーグラー監督でさえ訃報の発表で初めて知ったことを明かし、「周りの人を大切にするリーダーで、尊厳と誇りを持っており、仕事仲間を彼の苦しみから守っていた」とコメントを発表したほどです。

「ブラックパンサー」で黒人が主役の映画は売れないというハリウッドのジンクスを覆し、黒人の子供や若者たちのあこがれのヒーローとなったボーズマンさんは、「42~世界を変えた男~」(13年)では黒人の野球選手として初めて大リーガーとなったジャッキー・ロビンソンさん、「ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男」(14年)ではソウルミュージックの帝王と呼ばれたジェームス・ブラウンさんを演じ、「マーシャル 法廷を変えた男」(17年)ではアフリカ系アメリカ人として史上初めて合衆国最高裁判所の判事に任命されたマーシャルさん役にも抜てき。実在する黒人のヒーローやレジェンドたちを好演し、人種の壁に立ち向かってきました。

そんなボーズマンさんは全米俳優組合(SAG)賞で「ブラックパンサー」が最高賞にあたるキャスト賞を受賞した際には、黒人賛歌といわれるニーナ・シモンの楽曲「To Be Young, Gifted and Black」を引き合いに「若くて才能がある黒人の私たちは、主役になれる映画、舞台はないといわれてきました。先頭ではなく、最後尾にいる気持ちが分かります。でも、世界に届けたい特別なものがあること、演じる役を通じて私たちが見たい世界を示すことができることを知っていました」と語り、その感動的なスピーチは今も多くの人々の心に残っています。

ボーズマンさんがこの世を去った8月28日は、「42~」で演じたロビンソンさんの功績をたたえる「ジャッキー・ロビンソン・デー」として大リーガーたちが永久欠番となっているロビンソンさんの「42」の背番号をつけてプレーをしていたのは、単なる偶然ではなく何かの因縁だったのではとさえ思えてきます。そしてこの日、ウィスコンシン州で起きた警察官による黒人男性銃撃事件への抗議のために中断していたプレーオフを再開させた米プロバスケットボール(NBA)では、選手たちが試合前の国歌演奏の際に片膝をつき、ボーズマンさんに黙とうをささげていました。

アカデミー賞は「計り知れないものを失いました。『ブラックパンサー』から『ザ・ファイブ・ブラッズ』までずっとスクリーンに強さと光をもたらしました」と公式SNSで追悼。「アベンジャーズ」シリーズで共演したクリス・エバンズやロバート・ダウニー・Jrら俳優仲間から、11月の米大統領選の民主党候補バイデン氏やミシェル・オバマ前大統領夫人らまで多くの著名人もSNSに追悼を寄せており、早すぎる死を悼む声は後を絶ちません。家族によって投稿されたボーズマンさんの訃報を知らせる最後のツイートは、8月31日現在749万件の「いいね」を獲得しており、ツイッター史上最高を記録したことが伝えられています。

「ブラックパンサー」は続編の製作も決まっていましたし、きっとまだまだやりたかったことや演じたかった役もたくさんあったことでしょう。そして何より多くのファンやボーズマンさんの活躍に勇気づけられた黒人の子供や若者たちもまだまだ彼の演じる作品を見続けたかったに違いありません。ボーズマンさんが学生時代に英国で演技を学ぶための留学費用を支援したことで知られるデンゼル・ワシントンは、「穏やかで素晴らしい芸術家だった彼の短いながらも輝かしいキャリアの中で見せた象徴的な演技は生涯私たちの中にとどまり続けます」と追悼していますが、彼が残した作品はこれからも私たちの記憶の中で生き続けていくことでしょう。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)