登場人物が発するセリフは、物語を観客に伝える上で重要な表現だが、主人公の大地はセリフを発しない。幼少期に父・大原が母・亜樹に暴君のように振る舞うさまを見て言葉を失ったからだ。大地1人のシーンは息遣いや徒歩、走りなど、動作の際に発する音から感情を推し量るしかない。集中して見ているうちに、スクリーンに入り近くで見守っているような感覚になる。映画の世界に浸る感覚を持てる映画的な映画だ。

子役含め、大地を演じた4人の俳優が表情、体の動きなど、それぞれの方法で、言葉を発しない難役の感情表現に挑んだことが分かる。中でも青年期を演じた北村匠海はやはり出色だ。まゆ、目の動きだけで怒り、悲しみ、戸惑いなど感情が伝わってくる。25日の初日舞台あいさつでは「僕の(俳優人生の)20年が並んだ感じ。これが僕の20年の答え」とまで口にした。内山拓也監督が故郷新潟を舞台に、原案・脚本も手がけた自伝的な作品と役に、ここまで没入しないと、あの芝居にはならないだろう。

亜樹を演じた宮沢りえは水商売で日銭を稼ぎ、体を売り、育児放棄と呼ばれるような生活を送るものの、一緒にお風呂に入るなど大地への愛をにじませる若き日から、老いさらばえるまでを演じ切った。4俳優が大地でいられたのは、その存在あってのことだろう。

驚くのは、暴君的な時代から老いてかれ果てた姿まで、振れ幅のある大原を演じた永瀬正敏だ。日本映画史に残る記録を打ち立てた「国宝」同様、出演時間は短いながら強烈に観客の心に杭を打ち込む。タイトル通り、見ていて心がしびれる瞬間の多い1本だ。【村上幸将】

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