書棚を何気なく整理していると「円広志デビュー20周年コンサート」のパンフレットを発見した。1998年(平10)10月9、10日に大阪厚生年金会館大ホールで行われたライブに合わせて制作されたものだ。
あらためて読んでみると、山あり谷ありの音楽生活。たくさんの貴重な写真と文章で、円広志というミュージシャン兼タレントを浮き彫りにしていた。
キダタローさん、桂ざこばさん、板東英二さんら、交友のあった人たちからのお祝いコメント。意外なところでは丹波哲郎さん(NHKドラマで共演)の言葉もあった。
円さん自身が振り返る「やっと20年 やっと大人です。」という文章が、中でもおもしろかった。
デビュー曲「夢想花」がいきなり大ヒット。大阪から東京へと移ったものの、その後が続かず「一発屋」と呼ばれるようになった。わずか4年で大阪に戻る羽目に。すると、あるテレビ番組の「あの人は、今どこに」という企画から出演依頼が舞い込んだ。「絶対に出たくない」と拒否する円さんに、当時のマネジャーY氏は「今の君は、ゼロや。もうマイナスはない。何でもええからテレビに出たらええやんか」と説得した。
葛藤の末、考えを改めて番組に参加した。この時「僕は何でもやるで。そうや、ロックや8ビートや、それで行こう」と円さんは生まれ変わった。以後、バラエティー番組の出演が増え「お笑いの人」と呼ばれるようになっても、抵抗はなくなった。
森昌子「越冬つばめ」や山本譲二「男詩」などの作曲を手がけながら、ライブハウスで歌い続けた。94年には、代名詞でもある「夢想花」の歌詞から、新たに立ち上げた個人事務所を「オフィスとんで」と自ら命名した。
2008年夏に放送スタートしたカンテレ「よ~いドン!」は、当初からレギュラー出演。今では、すっかり「朝の顔」として定着している。
今年5月23日に大阪城音楽堂で開催された兵動大樹(漫才コンビ矢野兵動)のフェスには、歌手として参加。72歳とは思えないパワフルな声で、会場をおおいに盛り上げた。もちろん「夢想花」も堂々と歌ってみせた。久々に円さんのライブに接した記者(わたしです)も、感動もののステージだった。
浮き沈みの激しい芸能界にあっても、円広志ほど栄光と挫折の両方を味わった人は少ないのではないか。雑誌の企画で対談した際、緊張のあまり何も言えなかったほど敬愛するプロレスラー、ジャイアント馬場さんは病に倒れる直前までリングで闘いつづけた。円さんには、まだまだ元気で活躍してもらいたい。【三宅敏】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミへキタへ~」)




