事実上のオーナーを務めるプレジャーボート「光進丸」(104トン)が炎上した歌手加山雄三(80)が2日、コンサートを行っていた沖縄から帰京し、羽田空港で取材に応じた。光進丸は1日午後9時23分ごろ、係留中の静岡・西伊豆町の安良里漁港の陸から約20メートル付近で炎上した。1982年(昭57)4月の進水から36年。“相棒”を突然失い「半身を奪われたよう。本当につらいです」と目を潤ませた。

 加山は悲痛な表情で、会見場に現れた。多くのフラッシュを浴びながら「ファンの皆さんにご心配をお掛けしました。海上保安庁、警察、消防の方も24時間徹して消火してくださっています。感謝しかありませんし、ご迷惑をお掛けして心からおわび申し上げます」と頭を下げた。

 下田海上保安部や静岡県警下田署によると、光進丸は安良里漁港から約20メートル沖に係留されており、付近に他の船はなかった。1日午後9時25分ごろ、「船が燃えている」と119番。普段から管理する地元の船舶修繕会社「藤高造船」の作業員が、同日午後1時から1時間ほど船内で作業。エアコンのテストもしたが、エアコンはカビの発生を防ぐため常時稼働しており、問題はなかったという。今年に入り1度も出航しておらず、船は無人でけが人はいなかった。下田署などは火が完全に消えるのを待って、3日以降に現場検証し、出火原因を調べる。

 加山は、前日1日に沖縄・宜野湾でのコンサートに出演後、打ち上げの最中に、関係者を通じて炎上について知らされたという。「検査もずっとやってきたし、なぜ? という気持ち。心当たりもない。話を聞いて言葉もなかった。夢であってほしいと…」と話した。

 自ら設計から携わり、かわいがってきた3代目の“相棒”だった。家族でグアムに出掛けたり、曲作りも数え切れないくらいした。最後に乗船したのは1週間ほど前。5月に、知人らを招待する計画も立てていた。「つらくなって、精神的に追い詰められた時も、船はいつも温かく迎えてくれた。人生をずっと一緒に歩いてきた。なくなるのは本当につらい」と涙を拭った。

 悲しみに暮れながらも、「船への愛、海への感謝と希望は持っている。ご迷惑をお掛けしたことをおわびしながら、前を向いていきたい」。「光進丸」と題した曲もある。「友人が亡くなった時に歌う曲を同じ気持ちで歌っていく。幸せをくれてありがとうって」と必死に前を向いた。