平松愛理、震災から25年「私に何ができるか…」

神戸市出身のシンガー・ソングライター平松愛理(55)は、最後のファンの集い「KOBE MEETING」にあたって「不思議な感じ。世の中の感情を全部ごちゃまぜにしたおにぎりみたい」と言いながら、ステージへ向かった。

開演前には取材に応じ、ライフワークに区切りをつけた理由のひとつが、父の死だったと明かした。

「昨年秋に、自慢の父が亡くなった…ことですかね」。平松の父は震災時、神戸市須磨区で開業医をしており、医院は震災で全壊。「がれきの下から点滴袋、薬を取りだして、隣の空き地で無料診療をしていた自慢の父でした」。昨年10月、父が89歳で亡くなり「この後、私に何ができるかを考えた」と振り返った。

神戸で生まれ育った平松は95年1月17日、全国ツアーの合間にインフルエンザでダウンしていた。「私は神戸にいなかった。東京にいた。その罪悪感がずっとあった」と吐露。幼なじみや友人、知人が多く亡くなった。「神戸が好き」との思いで始めた集いも、スタートから数年は、友人からも「もう思い出したくない」と言われ、悩んだ。それでも、同じ痛みを持つ仲間が「1年に1回集まる場所を作りたい」と考え、継続。02年は、乳がんの術後3週間でマイクを握った。

収益金は、あしなが育英会神戸レインボーハウスなどへ寄付。この日、同育英会から感謝状も受けた。最後の集いでは、復興支援ソング「美(うま)し都」や、「花と太陽」などを熱唱。途中、25年の思いがこみ上げたようで、何度も涙で声を詰まらせた。

集まったファン600人に「阪神大震災、忘れられることはありません。本当に本当に、25年間ありがとうございました」と感謝し、今後は「勇気と人を笑顔にさせる音楽の力を伝えていきたい」とも約束。東日本大震災の被災地などで、音楽を通じた支援活動を続けていく。【村上久美子】