行定勲監督が1日、都内で開催中の東京国際映画祭で開催された、同映画祭と国際交流基金との共催プログラム「交流ラウンジ」で、今年のコンペティション部門の審査委員長を務める、米国の演出家で映画監督のジュリー・テイモア(69)と対談した。
行定監督は01年「GO」、04年「世界の中心で、愛をさけぶ」で知られ、近年も17年「ナラタージュ」、18年「リバーズ・エッジ」、20年にも「劇場」と「窮鼠はチーズの夢を見る」を公開と精力的に製作し続ける、日本映画界をけん引する監督の1人だ。並行して舞台演出も手掛け、15年に演出した「タンゴ・冬の終わり」では、第18回千田是也賞を受賞した。
一方、テイモアは舞台「ライオン・キング」の演出などで知られる世界的な舞台演出家で、15年に女性監督初のトニー賞を受賞。映画監督としても知られ、02年には監督作「フリーダ」で米アカデミー賞作曲賞、メーキャップ賞を受賞。20年の「グロリアス 世界を動かした女たち」は今年5月に日本で公開された。
互いに似た経歴を持つ2人だが、行定監督は「演劇でやったものを映画化すると区別しがち。映画だと時系列に、ものすごくとらわれ、入れ替えると分かりにくくなるのでは? ということが重要視される。舞台は、場ごとで繋がっているのを解釈で埋める自由度がある」と語った。その上で「テイモアさんは、演劇で表現し(演劇)そのものを映像にして具現化しようと(映画と舞台の区別を)軽々と越境する。僕から見たら目から、うろこ」と絶賛した。
テイモアは「行定監督は、すごくクリエーティブ手法で描いていらっしゃった。内なる声みたいなものも、すごく描いている。他の映画の作り手は、ちゃんと仕事をやっていない、なまけていると思う」と行定監督を絶賛。その上で「ストーリーテリング(物語を伝えること)はリアルな世界、内なる世界、その人の夢、抽象世界…いろいろな階層でやるべき。我々にとって、映画は芸術の形であり、それを最大活用して、創造的にすべき。いつでもクローズアップにするのは詰まらない」と笑った。
行定監督は「全くその通り」と、うなずいた。その上で「『芸術とかエンターテインメントは見る側の解釈に委ねる』という言葉がある。僕はそうじゃなくて、解釈を手放してもらっても美しい、楽しい、面白いと思えるものの集合体…特に映画はそうであるべき」と持論を展開した。さらに「でも、そういうことをすると観客、批評家も分かりにく理解出来ないという言葉が付きまとう。テイモアさんは相手にしていないのかも知れないですけど、やりたいことや、これが表現と突きつけて、それが理解に届いていることがすごい」と語った。
テイモアは「思うに、観客まで我々が下がっていかなくてもいい。観客は、お金を持ってくるプロデューサーより、ちゃんと理解出来る。良いストーリー、演技、シネマツルギー(映画の製作法)があったら、観客は絶対に気に入る」と胸を張った。その上で、今が全盛のストリーミングについて「詰まらなくないですか? いつも、ずっと同じなので、新鮮で新しいものを出した方が良い。日本は最も素晴らしいアート映画を産んだ土壌であり大丈夫。想像豊かな形でストーリーテリングすればいい」と評した。
またテイモアは「私は日本の芸術からヒントを得ている。イデオグラフ…抽象表現。水墨画も、その1つ。演劇、映画に関しても核にあるのは何なのかを捕まえようとしています」と、日本文化から影響を受けているとも語った。それを受けて、行定監督は「テイモアさんは、日本の能や歌舞伎の手法みたいなものに、ものすごく影響を受けて作品が出来上がっている。日本の観客は、根本の歌舞伎や能を知らないので、テイモアさんからエッセンスを吸収し、根源にある日本の伝統芸術に目を向ける、きっかけのような…それが今日のトークの内容だった」と評した。
テイモアは「時として外にいる人間が、中にいる人間が当たり前と思っていることに、非常に感銘を受けることがある。私はインドネシアに4年いて仮面舞踊、影絵を見た。古いものだが、私にとって新しいし新鮮。日本の伝統芸能は、世界で見ても最高の1つ。外の人間が、これだけインスピレーションを受けているので、なくして欲しくはない」と、日本の伝統芸能の価値を強調した。



