「ブルー・ライト・ヨコハマ」「亜麻色の髪の乙女」などを手がけ、昭和の歌謡界をけん引した作詞家の橋本淳(はしもと・じゅん、本名与田準介=よだ・じゅんすけ)さんが5月21日午前8時25分、肝硬変のため東京都港区の病院で死去した。86歳。東京都出身。告別式は近親者で行った。喪主は長男与田春生(よだ・はるお)さん。

1966年に藤浩一さんらが歌った「黄色いレモン」以降、青山学院の1年後輩だった作曲家筒美京平さんとのコンビで、ヒット曲を連発。いしだあゆみさん「ブルー・ライト-」のほか、野口五郎さん「青いリンゴ」、郷ひろみさん「あなたがいたから僕がいた」、小泉今日子さん「半分少女」などを世に送り出した。

グループサウンズの代表的作家としても知られ、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ「ブルー・シャトウ」は、67年の日本レコード大賞に輝いた。