記者という仕事をしていると、たまに「聞いてよかった」と思うことがある。相撲担当だった時の18年5月、当時の横綱稀勢の里(現二所ノ関親方)に稽古後、全く関係のない話題を振ったことがあった。それは前日にプロ野球の松坂大輔投手が、日本球界で12年ぶりとなる復活勝利を挙げたことについて。「横綱も野球少年でしたから、刺激を受けたんじゃないですか?」。6場所連続休場中で引退と背中合わせ、常にピリピリとした空気に包まれていた稀勢の里は、極端に口数が少なくなっていたが、予想外の展開が待っていた。

「個人的にうれしかった。松坂世代ですから」。厳密には松坂よりも6歳若く、松坂世代ではないが“松坂を見て育った世代”のニュアンスとして「松坂世代」という言葉を使い、そこから松坂氏が春夏の甲子園優勝を遂げた当時の横浜高のメンバーを次々と挙げ、特に夏の甲子園は詳細に各試合の内容も覚えていて、気付けば冗舌になっていた。結果的に、翌19年の初場所中に引退するまでに、多くの記者に囲まれた状況で、陽気に長時間話した、最後の場面だったと記憶している。

全く異なるジャンルのことを聞くのは、タイミングも難しければ、当人の機嫌や取材の場の雰囲気を悪くする危険性もある。そんな中、6月28日からNHK・BSで始まったNHKプレミアムドラマ「勿忘草(わすれなぐさ)の咲く町で~安曇野診療記~」(日曜午後10時)の会見で、主演の女優福本莉子(25)と俳優菅生新樹(26)に「サッカー・ワールドカップ(W杯)の日本の試合は見ましたか? 見ていたら感想を。見ていなければ、日本代表への今後の期待をお願いします」と聞いた。

2人はともにサッカー好きで、サッカーをプレーした経験もあった。この日は会見が午前11時15分開始で、それに先立つ午前5時から今回のW杯の日本初戦、オランダ戦が行われていた。ただ、会見前に再三、会見を仕切っていたNHKサイドから「ドラマに関係のないご質問はご遠慮ください」と注意されていた。1歩間違えば、NHKから却下されかねない状況だったが、2人はここから大盛り上がりでサッカー談議を始めた。

実はその約1週間後、個別インタビューで福本に再び会う機会があった。会見で会ったのが初めてで、インタビューは2度目の対面。その際に、あいさつがてら「NHKさんのドラマの会見でサッカーの質問をした者です」と名乗った。すると福本が「サッカーの質問をしてくださって、あの時はありがとうございました!」と、満面の笑みを見せた。全て女性の5人ものマネジャーも、一様に「あーっ、やっぱり!」などと、ドラマと全く関係のない質問をしたことを喜んでくれた。

相手側5人に見守られる中、こちらが1人で話を聞くというシチュエーションは、あまりない。ある意味“アウェー”の状況となりかねない中、あっという間に“ホーム”のような感覚になった。中学時代は右サイドハーフの選手。プレースタイルは「ガンガン当たって、取りにいってました」と、線の細さ、清純なイメージからは予想外ながら、サッカー愛を惜しみなく出してもらえた気がする。少し珍しいケースだが、質問から1週間ほど経過して「あの時、あの質問をしておいてよかった」と、心から思った日だった。そして、これが、記者という仕事の醍醐味(だいごみ)なのかもしれないと、あらためて感じた日でもあった。【高田文太】