86年の米映画「ポルターガイスト2」、88年「エルム街の悪夢4」、89年「帝都大戦」や聖飢魔IIのアルバムのカバーデザインなどで知られる、特殊メイクアップアーティストのスクリーミング・マッド・ジョージ(本名・谷譲治=たに・じょうじ)さんが2月、急逝した。17日、公式Xで発表された。69歳だった。

スクリーミング・マッド・ジョージさんは、75年に18歳で渡米し、ニューヨークの芸術大学でファインアートを学んだ。83年には、マイケル・ジャクソンさんのPV製作で知られる、リック・ベイカーの下で修業。「ポルターガイスト2」でプロデビューした。

公式Xが発表した文書によると、24年頃に体調を崩して足が不自由になり、車いす生活となった。足の痛みやしびれに加え、間質性肺炎にもなるなど体調が悪化する中、特殊映像美術の客員教授を務める大阪芸術大で後進の育成を続けた。その中「2026年2月、入浴中に意識不明となり、心臓が停止しました。家族が救急隊からの電話による指導のもと懸命な対応を行い、一命を取り留めました。その後、救急搬送され、ICUにて治療を受けました。4日間、家族が寄り添い続けましたが、意識が戻ることなく、安らかに息を引き取りました」と、亡くなるまでの経緯を説明した。

発表が半年後になった理由については「本来であれば、速やかに皆さまへご報告すべき野老、突然の別れを受け、ご遺族の心の整理に時間がかかりましたこと、また日米の関係者にて慎重な協議を重ねてまいりましたことから、このたびのご報告となりました。お知らせが遅くなりましたことを、心よりお詫び申し上げますとともに、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます」とした。

また、一周忌にあたる時期にお別れの会を執り行う予定で、詳細は「改めてご案内申し上げます」とした。

スクリーミング・マッド・ジョージさんは、ロシア武術システマのインストラクターとしても活動していた。