【告知】中日根尾昂&石橋康太を1月中に!/田村藤夫のプレミアムリポート

田村藤夫氏の「プレミアムリポート」では、1月中に中日根尾昂投手(22=大阪桐蔭)、石橋康太捕手(22=関東第一)のインタビュー記事を掲載する予定です。

プロ野球

◆根尾昂(ねお・あきら)2000年(平12)4月19日、岐阜県生まれ。小2から古川西クラブで野球を始め、古川中では飛騨高山ボーイズに所属。大阪桐蔭では1年夏からベンチ入りし、2年春、3年春夏で優勝。4球団強豪の末、18年ドラフト1位で中日に入団。3歳から始めたスキーでは、中学2年時にアルペンスキー回転で日本一となり、世界大会にも出場した。内外野をこなし、昨季途中から投手に登録を変更。昨季は野手として49試合に出場し打率2割、本塁打なし、4打点。投手として25試合に登板し勝敗なし、1ホールド、防御率3・41。177センチ、78キロ。右投げ左打ち。

◆石橋康太(いしばし・こうた)2000年12月7日、千葉県生まれ。小学生から捕手として活躍し、6年時にロッテジュニアに選出され12球団ジュニアトーナメントに出場し準優勝。千葉市リトルシニアから関東第一高。2年夏の東東京大会で4本塁打を放つなど、高校通算57本塁打。18年ドラフト4位で中日に入団した。1年目に球団史上初となる高卒新人でのスタメンマスク。昨季は31試合に出場し打率1割7分9厘、本塁打なし、4打点。181センチ、95キロ。右投げ右打ち。

◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。

田村さんからお年玉メールが到着

年明け早々に両選手と連絡が取れ、インタビューできる運びとなりました。自主トレーニング期間中ですので、コンディション優先での取材になりますが、できれば懸案の根尾投手の「自炊問題」について、詳しく聞いてみたいと思います。

◆根尾の自炊問題昨年末のインタビュー時、1人暮しを始めた根尾が自炊を宣言。田村氏は「そんなに簡単じゃない。ケガをしても大変」と否定的な見解を示した。根尾は「経験はないけど大丈夫です」と、ちょっと不思議な回答。「包丁は右手で」と約束して、挑戦することになった。

また、購読してくださった方の中から、根尾投手、石橋捕手と私の3人でのインタビュー形式をリクエストしていただき、何とかその要望にもお応えしたいと思っています。果たして、ご期待に沿えるインタビューにできるか、いささか自信はありませんが、2018年ドラフトで高卒ルーキーとして入団した同期の2人が、どうして気が合ったのか、お互いをどう見ながらプロ5年目を迎えようとしているのか、そうしたところにも触れたいと考えております。

これからも根尾投手を中心に、中日の若手選手を取り上げられるよう、取材を進めていこうと考えています。23年シーズンも、どうぞよろしくお願いいたします。

(※両選手の体調を最優先して取材を進めようと考えております。万が一にも体調不良の際は、また日を改めてインタビューを行うことになります。その点をご理解いただきますよう、お願いいたします)

1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。