難民キャンプ生活からトップ選手に-。ドイツ・ブンデスリーガのバイエルン・ミュンヘンに所属するカナダ代表DFアルフォンソ・デイビス(19)のサクセスストーリーが10日、英紙ミラーに報じられた。デイビスと親族の証言で、ルーツとなるリベリアからカナダを経てドイツに渡った左サイドバックの経歴が明かされている。

父デビー氏は「戦争は時々、負けて帰るサッカーのようなものではない。戦闘の最前線にいて弾丸が当たれば死ぬ。唯一の選択は道を見つけることだった」と振り返った。その道とはリベリアからの脱出だった。逃げ込んだガーナのブドゥブラム難民キャンプでデイビスは生まれ、5年間過ごしたという。

難民キャンプでは、いじめや嫌がらせなかったものの、デビー氏は「生きるためにはお金がないといけない。水にもお金が必要だった」。この困窮生活からの脱却を目指し、難民キャンプを離れてカナダのエドモントンに移り住んだ。デイビスは「難民キャンプ時代のことは覚えていないが、両親から聞いたことがある。生活は容易ではなかったと知っている」と回顧するが、デビー氏は「過去がアルフォンソの未来をつくることを望んでいなかったので、難民キャンプのことはあまり彼に伝えていない」との子育て方針があった。

デイビスの転機はエドモントンのジュニアチーム加入。これが名声への「パスポート」になった。持ち前のスプリント力を武器にFWやサイドバックでプレー。その実力がカナダのサッカー界に知れ渡り、14歳でバンクーバー・ホワイトキャップスのユースに加入した。母ビクトリアさんは「まだ彼が若かったので最初は加入を反対した。ギャングなどとの付き合いも心配だったけれど、アルフォンソに『大丈夫だから。約束を守るからママ、行かせてほしい』と言われて、送り出した」と明かした。

15歳3カ月でプロ契約ししたデイビスは2カ月後、プロデビュー。17年にカナダの市民権を得て、同国代表として活躍すると18年7月、バイエルンと契約を結んだ。現在はフリック監督のもと、左サイドバックに抜てきされ、主力メンバーとして存在感を示している。デイビスは「良い子であることを約束して勉強もした。今も学校に通い、少し勉強しているんだ」と両親に感謝している。

デビー氏は「息子を誇りに思う。過去にテレビでプレミアリーグなどを観戦していたが、息子は『いつかテレビで自分がプレーしているところをみるよ』と言われて現実になった。間違いなく、彼の夢は実現した。誇りに思っている」と孝行息子にエールを送った。難民キャンプ生活からバイエルンのレギュラーとなったデイビスの夢は、これからも大きく膨らむことになるだろう。