言葉が見つからない。あのグリーンジャケットを着る日本人が登場したのだ。快挙や偉業という表現さえも陳腐に思える。日本のマスターズ初挑戦から85年。全盛期のAON(青木功、尾崎将司、中嶋常幸)が計43回も挑戦して、はね返されたオーガスタの壁を、松山が乗り越えたのだ。「あっぱれ」と言うほかない。

米ゴルフのマスターズ・トーナメントで、日本男子初のメジャー制覇を果たし、グリーンジャケットを着て両手を上げる松山(AP)
米ゴルフのマスターズ・トーナメントで、日本男子初のメジャー制覇を果たし、グリーンジャケットを着て両手を上げる松山(AP)

4打差の首位でスタートした最終日。タフなセッティングに苦しんだが、集中は切れなかった。優勝の重圧による心のほころびを、長い修練によって会得した技の精度と強い信念で繕った。初出場から10年。やんちゃに見えた青年は、たくましい一人の大人になっていた。そして、夢に向かって進むいちずな姿の、何と美しいことか。祈りにも似た思いで、松山を見ながら思った。

コースは庭園のように美しいが、起伏のあるグリーンは鏡のように速く、カップの位置で天国と地獄ほどの差が生まれる。技術、経験、忍耐、運…すべて総動員しなければ頂点には立てない。アーノルド・パーマー、ジャック・ニクラウス、ゲーリー・プレーヤー、タイガー・ウッズ…歴代優勝者は伝説の名手ばかり。今はそれが誇らしい。

米男子ゴルフのマスターズ・トーナメントで日本人初優勝を果たし、パトロンからの祝福の拍手に応える松山(AP)
米男子ゴルフのマスターズ・トーナメントで日本人初優勝を果たし、パトロンからの祝福の拍手に応える松山(AP)

昭和の時代、「世界一」を名乗る日本人選手はボクシング世界王者かオリンピック(五輪)の金メダリストだけだった。突破口は野茂英雄。東洋人は通用しないと思われていた大リーグで奪三振を量産して、後続に扉を開いた。サッカーでは中田英寿がセリエAで初年度からゴールを連発。偏見と先入観を打破したことで、海外挑戦のうねりがスポーツ界全体に広がった。松山のマスターズ制覇は、あの衝撃を超える力と価値がある。日本人だけではなく、世界を目指すアジアのゴルファーたちの希望の光になったのだ。

95年6月、メッツ戦でメジャー初勝利を飾ったドジャース野茂
95年6月、メッツ戦でメジャー初勝利を飾ったドジャース野茂

表彰式で松山はグリーンを囲んだ地元の観衆からやんやの喝采を受けた。あらためてスポーツの感動は国境も人種も超えるのだと思った。新型コロナウイルスの感染拡大で世界各地で分断が起きている。感染が広がった昨年3月以来、米国ではアジア系市民に対する人種差別が深刻化している。アジア人初のマスターズ制覇は、そんな暗い世相にも強い光を照らした。

グリーンジャケットを着た選手は、生涯にわたりマスターズから招待を受ける。来年以降も松山はオーガスタのコースに立つ。何だか今から楽しみになる。優勝争いが「順当」と言われる真のトッププレーヤーとして、どんなゴルフを見せてくれるのか。まだ29歳。松山英樹のドラマは、これから本当のクライマックスを迎える。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)