北京五輪スピードスケート女子500メートルで、小平奈緒がフィニッシュした瞬間、テレビカメラが李相花(イ・サンファ)の涙を映しだした。韓国のテレビ局の放送席で、彼女は泣きながら解説していた。映像は一瞬だったが、胸に深く突き刺さった。4年前、小平と金メダルを争ったライバル。レース直後、地元で3連覇を逃して泣きじゃくる李を、小平が優しく抱擁するあの感動シーンが、記憶の底から浮かび上がった。
涙の理由は本人にしか分からない。でも想像はできた。金メダリストの孤独と重圧の大きさを、彼女は誰よりも知っている。そして、それに打ち勝つために、小平がこの4年間、どれほど苦悩し、もがき、努力を重ねてきたか。同じ経験をした者だからこそ、下を向いた小平の姿に感極まったのだろう。きっと彼女はリンクの上の、かつてのライバルの姿を、自分と重ねていたのだと思う。
連覇を目指した金メダリストは、まさかの17位に沈んだ。敗因はスタート直後の第1歩。「左足を出すときに(氷に)ひっかかった」と小平は振り返った。500メートルは陸上の100メートルと同じで、スタートの失敗が致命傷になる。何百回、何千回と繰り返してきた動作。レース直前も入念に確認していた。それでも、ありえない乱れが生じる。それが五輪なのだ。
スタートの失敗に小平は「頭が真っ白になった」という。その心の混乱を最後まで修正できなかった。4度目の五輪。優勝最有力候補として臨んだ前回は想像を絶する重圧をはね返して、五輪新記録で金メダルをつかんだ。そんなタフな歴戦の女王にも、こんなことが起きるのだ。スタンドの放送席の元ライバルには、小平の落胆が、手に取るように分かったのかもしれない。
19年に引退した李は地元メディアに、北京での再会を楽しみにしていると語り、試合に集中している親友を気づかい、面会は「全レース後に」と話していた。17日の1000メートルが最後のレースになる。「自分の色に色づけられるように、すべてを注ぎたい」と小平は言った。それが、どんな色に染まっても、レース後、きっとあの美しい抱擁シーンが、再現されるに違いないと思った。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)



