パリ・オリンピック(五輪)の陸上競技で、海外にルーツを持つ日本人選手の活躍が目を引く。男子100メートル準決勝でサニブラウン・ハキームが五輪日本人初の9秒台で走った。同110メートル障害では村竹ラシッドが個人短距離種目日本勢過去最高の5位入賞を果たし、1600メートルリレー予選では中島佑気ジョセフが1走でチームに勢をつけた。
団体球技でも男子サッカーには父親が海外出身の選手が4人いたし、バスケットボールでは八村塁が主力としてチームをけん引していた。多くは日本で生まれ育ち、他の選手と食生活や練習環境は変わらない。なのになぜ彼らは世界で目立った活躍ができるのか。何か特別な要因があるのではないか。
そんなことを考えながら男子400メートルリレー決勝を見てハッと気が付いた。金メダルのカナダも銅メダルの英国も6位の地元フランスも、出場4選手は全員アフリカ系だったのだ。欧米では“海外ルーツ”など当たり前で、そもそも選手の系譜はナショナリティが複雑で、気にもかけていないのだ。“海外にルーツ”などという思考自体が、日本人特有なのだと思った。
確かに五輪でメダルを争うレベルになれば、遺伝的要因も影響するのだろう。数年前に取材したスポーツ遺伝学の研究者でもある順天堂大の福典之教授は「研究データで遺伝的に離れた人同士から生まれた子どもの方が、運動能力だけではなく、知能などあらゆる分野で高い数値を示していた」と話していた。“海外ルーツ”には優位性もあるのかもしれない。でも、それは日本人だけではない。
日本では見た目の違いなどから、差別やバッシングを受ける選手も多い。ナイジェリア人の父を持つ21年東京五輪バスケットボール女子銀メダリストのオコエ桃仁花は、SNSで「黒人のくせに」と中傷を受けたことを公表している。
でも調べてみると、そもそも日本人の起源も先住民の東南アジア系の縄文人と、渡来してきた東北アジア系の弥生人が混じり合ったという学説が主流。彼女に対する差別は、天に唾を吐くようなものだろう。
五輪は社会を映す鏡とよく言われる。“海外ルーツ”選手の活躍も、多様性の時代を迎えた日本社会を反映しているのだろう。これからますますグローバル化が進み、私たちが一般的に考える“日本人像”もどんどん変化していくはずだ。“海外ルーツ”なる言葉も死語になる日がきっとくる。終盤を迎えた五輪で奮闘する選手を見ながら、そんなことを考えた。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「五輪百景」)




