「優勝旗の白河超え」。そんな言葉が、紙面に踊った。
日本中が注目する夏の甲子園、仙台育英(宮城)が準決勝で福島の聖光学院を下し、決勝に進出。東北勢初の日本一まであと1勝と迫ったのだ。
かつて東北は「野球不毛の地」と呼ばれていた。冬の寒さは厳しく降雪もあって、練習環境は決してよくない。甲子園に乗り込んでも、他の地域に大敗。甲子園の記者席で、東北担当の記者が「どう前向きに書けばいいんだ」と頭をかかええながら話していた。
もっとも「不毛の地」は昔話になった。21世紀に入ってからの東北勢の活躍は目覚ましい。3年前には秋田の金足農が準優勝。東北勢の決勝進出は今回が10回目だが、うち6回は過去20年のもの。3大会に1回近くは決勝の舞台を踏んでいる。優勝こそないものの、立派な「強豪地域」だ。
プロ野球楽天の存在が大きいように思う。2004年に仙台に誕生し「不毛の地」を変えた。震災後の13年には初の日本一。東北がどれだけ野球で元気づけられたか、野球少年にどれだけ勇気を与えたか。プロチームの存在が「不毛の地」脱却の一因となったと言ったらいいすぎだろうか。
昭和の終盤、プロ野球12球団は関東と関西、そして名古屋と広島にしかなかった。ほぼ「東海道・山陽リーグ」で「全国リーグ」ではなかった。それが福岡、札幌、そして仙台にもチームが生まれてた。独立リーグも誕生した。プロ野球が「全国」に広がった。
Jリーグは発足時に「全国」を強く意識していた。ホームタウンの重複は許されなかった。横浜だけは特例で2チームが認められたが、同じ横浜が本拠だった古河電工は千葉でジェフになり、東京本拠の三菱重工はレッズとして浦和に移った。「日本中にプロクラブを作る」を目指した。
Jリーグの影響で、サッカーは「全国」に広がっていった。正月の高校選手権では過去25の都府県から優勝チームが出ているが、うち8県は2000年以降が初優勝。「日本一」が一気に全国へと広がったわけだ。
もちろん、優秀な選手がJのユースに流れたのも一因だし、県外留学の選手の存在もあるが、Jクラブが北海道から沖縄までできたことは大きい。身近にプロ選手の存在があり、試合が見られる。これを目指すサッカー少年も増える。プロリーグ化の影響は、高校の勢力図をも変えている。
夏の甲子園で優勝経験があるのは28都道府県。今回29になるかもしれない。サッカーは25、同じ100回を超えたラグビーは14だから、さすがに全国で広く愛されている「国民的スポーツ」だなと思う。
かつて高校野球の宮城大会を取材した。東北高からライバルの仙台育英に移ったばかりの竹田利秋監督は「甲子園で優勝したい」と話していた。当時は夢物語りにしか思えなかったが、今は現実の目標として手の届くところにある。あと1勝で、白河を超える。
(ニッカンスポーツ・コム/記者コラム「OGGIのOh! Olympic」)



