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今日の誕生日

田中総司(1982年)

男子シングル元選手。00年全日本ジュニア選手権優勝。ジュニアグランプリ(JGP)シリーズ長野、カナダ大会制覇など

エバン・ライサチェク(1985年)→Pick Up!


Pick Up! エバン・ライサチェク

10年バンクーバー五輪(オリンピック)男子シングル金メダリストのバースデーです。

米国代表。シカゴで生まれ、8歳の時にスケートを始めました。幼少時から全米のノービス、ジュニア選手権を制して期待されました。

高校卒業後はロサンゼルス郡のエルセグンドに拠点を移し、名コーチのフランク・キャロル氏らに師事。世界ジュニア選手権で3個目の銀メダル獲得やJGPファイナル優勝と成長し、19歳だった05年にはシニアの4大陸選手権で初優勝。続く世界選手権では初出場3位と飛躍しました。


2009年グランプリファイナル
2009年グランプリファイナル

06年トリノ五輪は急の胃腸炎に苦しみながらも、ショートプログラム(SP)10位からフリーで巻き返して4位。その後も順調に伸び、08-09年シーズンに世界選手権を、翌09-10年にはGPファイナルを、初めて制覇。10年バンクーバー五輪を迎えました。

ここで話題になったのは「4回転ジャンプ回避」を明言しての出場でした。自身の状態と大技の成功率を考えての決断。SP2位で迎えたフリーでは、ほぼ完璧な演技を披露してSP首位のトリノ五輪金メダリスト、エフゲニー・プルシェンコを逆転したのです。

前王者から「4回転を跳ばないなんて時代に逆行している」と挑発されましたが、ライサチェクは「ジャンプだけではなく、ステップやスピンなど全ての面で得点を最大化したい」と返し、信念を貫きました。得意の3回転ルッツ以上の大技はありませんでしたが、各要素の出来栄えでライバルを上回る高得点を引き出しました。

自己最高の合計257・67点をマークし「初めから終わりまで全て良かった。人生最高のフリーだ」と納得。米国勢の男子では22年ぶりの五輪制覇を遂げました(88年カルガリー五輪のブライアン・ボイタノ以来)。

その後もプルシェンコやロシアとの場外戦は続きましたが、結果は変わりません。キャロル・コーチが「私が止めないと、何度でも曲をかけて通してしまう。彼ほど練習する選手は見たことがない」と感服するほどのトレーニング量で世界の頂に到達しました。

その後も現役を続けましたが、度重なる負傷に悩まされ主要大会への出場はなし。14年ソチ五輪も断念した後、現役を退きました。引退後は不動産やファッションのビジネス、スポーツを通じた国際貢献の場に身を置きました。19年にはタイ出身の実業家と結婚し、リンク外で活動の幅を広げています。


今日の1枚

日刊スポーツが蓄積してきた写真の中から厳選して紹介します。

2021年4月18日
2021年4月18日

21年4月18日、世界フィギュアスケート国別対抗戦のエキシビションで演技をする羽生結弦(代表撮影)。


今日の出来事

国際スケート連盟(ISU)が年齢制限の引き上げ否決(2018年)

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