今月31日に還暦を迎えるアーチェリー五輪2大会メダリストの山本博(59=日体大教)が、2024年パリ五輪出場を目指して「第1関門」に挑む。
全日本選手権の予選ラウンドは22日、東京・夢の島公園アーチェリー場で行われる。04年アテネ大会以来20年ぶりの五輪出場を目指す山本は21日の公式練習後「この2年間はボロボロだったけど、点数も戻ってきた。きっちりと通過したい」と意気込んだ。
五輪は初出場の84年ロサンゼルス大会で銅、20年後のアテネ大会で銀メダルを獲得した。その後、出場機会はなかったものの、アテネ大会後に公言した「次は20年後の節目で迎える24年五輪で集大成の金メダル」を目標に、第一線で競技を続けてきた。「あの時は本当にすぐ取れるんじゃないかと思っていた。20年はあっという間で驚いた」と、山本は振り返る。
50歳をすぎてからの道のりは風雪の連続だった。16年に長年の競技生活で断裂した右肩の鍵の再建手術。20年には右手指先のしびれの原因だった胸郭出口症候群の修復手術を受けて、左右の第1肋骨(ろっこつ)を除去した。加齢という現実に徹底抗戦した。すべてパリ五輪出場のためだったが、2度目の手術後は成績が一気に落ち込んだ。
20、21年と全日本選手権で予選落ち。下位に沈んだことで“たそがれの到来”を口にする者もいた。山本自身が「手術は間違いで、リハビリで調整した方がよかったと頭をよぎったこともあった」という。それでもあきらめず、練習を続けた。復活への手応えをつかんだのは今夏。十数年ぶりで団体戦で臨んだ「栃木国体」の戦いだった。
6月の東京都予選を突破すると、8月の関東ブロック大会でも1都7県中、上位2チームに残って本大会出場を決めた。今月の国体では準々決勝で東京五輪の団体と個人で銅メダルを獲得した古川高晴を擁する大阪に逆転勝ち。準決勝に進出した。さらに個人戦でも3位と大健闘した。
V字回復は、引き手となる右手のしびれが取れて、着実に回復してきたことの証しでもあるが、山本はもう1つ大きな要因を明かす。「自分が失敗できないという強い緊張感の中で戦う団体戦の出場が大きかった。日本代表から外れた近年は個人戦しか出場していなかったので、1人で気楽に自分の調整だけ考えていた。こういうプレッシャーの中で戦うのは久しぶりで、そこでしっかり結果を出すことができたことがプラスになった」。
パリ五輪は来年のナショナルチームのメンバー16人の中から選出されることが確実視されている。今回の全日本選手権で予選を突破した32人が、今年11月の23年ナショナルチーム選考会に進む。
「全日本の過去5年の予選カットラインを調べたら640点。そのスコアは最近の自分のアベレージを考えると出せない点数ではない。空回りしないように、自分のキャリアでコントロールしながら、今出せる最大限の点数を出したい」。すでに還暦で挑む11月のナショナルチーム選考会を想定して、赤いウエアも準備している。【首藤正徳】


