14、15年の世界選手権100キロ超級銀メダリスト七戸龍(34=九州電力)が、競技会の個人戦には今後出場しないことを正式に表明した。

初戦の2回戦で優勝候補の小川雄勢(26=パーク24)に指導3の反則負け。自身は193センチ、小川は190センチという2人で迫力ある戦いを繰り広げたが、攻め手に欠いた。

「持ち味の技で投げる柔道ができなくて悔しいですけど、この全日本で個人戦は最後。出し切りました」

6月の全日本実業団体対抗(三重)を持って「区切り」とし、全ての競技会に出ない意向も示した。

一方で「大野将平選手も話していましたけど、自分の中では引退ではなくて、これからも柔道を楽しみながら、練習もトレーニングもしながら、後進の育成に携わっていけたら」とも力を込めた。

全日本出場は、今大会の出場選手で最多の12回を誇る。記憶に残っているのは社会人1年目の11年。準々決勝で04年アテネオリンピック(五輪)100キロ級金メダルの鈴木桂治(42=現全日本男子監督)に敗れたものの、全日本の強化選手に選出され「国内外の大会に派遣していただくきっかけになった」と初出場を振り返った。

15年大会では決勝まで進出。原沢久喜(30=長府工産)に屈したが「特に印象深い」と特別な大会の日本一決定戦を回想した。

世界選手権では14年のチェリャビンスク(ロシア)大会と15年のアスタナ(カザフスタン)大会で2年連続の銀メダル。ともに決勝で絶対王者テディ・リネール(フランス)に敗れたものの、特に14年は大接戦で怪物を追い詰めた。最重量級のメダル獲得は9年ぶりだった。

16年リオデジャネイロ五輪を逃した後も、出身の沖縄県を含む九州から柔道を盛り上げようと尽力した。

「悔いはないです。攻めたりなくて後味は悪いですけど、あらためて柔道って楽しいなと。この年まで柔道をやらせてもらえて、全日本選手権に12回も出られて、感謝しかありません」

家族、職場の同僚や高校の恩師を招き、有観客の武道館で、と決めていた花道を歩み終えた。

今後は社業とともに稽古を継続しつつ「有望な選手が入ってくれたので育てつつ『試合に出てないのに、七戸さん、強えな』と思われるような存在になりたい」と笑顔で締めた。【木下淳】