男子66キロ級のオリンピック(五輪)2連覇王者、阿部一二三(27=パーク24)の冒険は2回戦で幕を閉じた。100キロ超級を主戦場とする鈴木太陽(天理大4年)と対戦し、力尽きた。残り57秒まで互角の戦いを繰り広げたが、登録体重ほぼ2倍となる120キロの相手に大内返しで押しつぶされた。

階級で下から2番目の阿部が最も重い5階級上に挑戦。相対したのは身長180センチ、体重120キロだった。柔よく剛を制す、なるか視線を一身に浴びた中、阿部は今大会に向けて72~73キロで調整。47~48キロ…ほぼ50キロ差の対決で、最後は浴びせ倒されたが「旗判定はセコい。狙っていなかった。最後まで自分らしく投げにいった」と残り時間の消化に逃げず、武器の1つである大内刈りを仕掛け、潔く散った。

「この舞台に立ちたかった。この畳に上がれて、すごく幸せでした。柔道が好きだなと感じましたね。重量級と組むと(左手2箇所の流血もあり)指が飛んでいくぐらい痛かったですけど、最後の1分は正直もう腹くくってやろうかなと。勝負できて良かった。悔いはないです」

今大会、最注目の存在。1回戦は突破して期待に応えた。81キロ級を主戦場とする佐藤佑治郎(23=山形県警)を相手に、開始「1分23秒」ひふみタイムで、代名詞の袖釣り込み腰を繰り出し、豪快な一本勝ちを収めた。

続く2回戦は屈し、階級が下から2番目の選手としては異次元の2勝はならなかったが「しっかり初戦は勝ち切らないと、と思っていました。初戦の相手が81キロで、勝てば100キロ超級なので練習するのが難しかったけど、初戦は自分の良さが出せた。最初に大外刈りを打っていたから、相手の姿勢も警戒して真っ直ぐになって、袖釣り込み腰が決まったので。いい投げができたなと思います。2回戦も前半の2分間くらいは、すごく良かった」と満足した。

これまでも出場権を有しながら、負傷リスクなどを鑑みて行使せず。初出場となった「体重無差別」の舞台で技を仕掛け続け、聖地の日本武道館を盛り上げた。前日会見では「古賀先生みたいに『軽量級でも重量級と戦えるんだぞ』と、子供に夢を与えられるような柔道をしたい」。1990年(平2)大会で準優勝し、後の92年バルセロナ五輪71キロ級で金メダルを獲得する故古賀稔彦さんの名を挙げ、軽中量級のプライドをのぞかせていた。

旅は2戦目で終わったが、結果よりも大きなものを求めていた。

「柔道は、最後は気持ちの勝負になってくる。この全日本選手権に出場した時の気持ち、自分より階級が上の選手と戦った時の気持ちは、今後の自分の柔道にすごくプラスされるのかなと思う。精神面でいろいろ感じたい」

そう願っていた通りの収穫があった。パリ五輪では66キロ級で圧倒の2連覇を果たしたが、混合団体では1階級上の73㌔級のフランス人メダリストに敗れて涙したことも忘れていない。

「今回、、無差別の全日本を経験して、またロス(28年ロサンゼルス五輪)で73の選手と戦えるなと。もうロス五輪に向けて始まっていますし、今もパリの悔しい思いは変わらないんでね。五輪の借りは五輪でしか返せない。また頑張りたい」

次戦は6月。ハンガリーの首都ブダペストで行われる世界選手権で23年大会以来「5度目の優勝を狙いたい」。新たに初めての体験を肉付けし、より無敵になった姿を自階級で見せつける。【飯岡大暉】