【巨人週間③今村司社長】「面白さ」「驚き」「子どもの夢」「祭り」…コロナの先を見据えて握る操縦桿

読売巨人軍の取材って、敷居が高い印象がありませんか。この方が着任する少し前から、リベラルな雰囲気が浸透していきました。親会社は報道機関、正攻法の取材にはしっかりと向き合い、応えてくれます。コロナ初年度を乗り切った年の瀬、今村司社長の語りです。(2020年12月26日掲載。所属、年齢などは当時)

傑作選

前田祐輔、浜本卓也

新時代に融合した「巨人軍」へ―。1934年12月26日に前身の「大日本東京野球倶楽部」として設立した巨人が、26日に86回目の〝誕生日〟を迎えた。今季は、新型コロナウイルスの影響で入場者数などさまざまな制限がある中、リーグ2連覇を達成。来季開幕時のリーグ戦の運用方法も不透明な中、巨人は創立90年、その先の100年に向けて87年目をどう進んでいくのか。19年6月に就任した今村司社長(60)が、未来への展望を語った。

◆今村司(いまむら・つかさ)1960年(昭35)5月10日、神奈川・横須賀市生まれ。東大文学部を卒業後、85年に日本テレビに入社。15年1月に侍ジャパン事業を担う「NPBエンタープライズ」社長に就任。17年5月に日本テレビへ帰任し、19年6月から巨人球団社長。

NPBエンタープライズの社長に就任。侍ジャパンでもアイデアマンぶりを発揮した。DeNA春田オーナー、熊崎コミッショナー(22年5月に死去)と=2014年11月21日

NPBエンタープライズの社長に就任。侍ジャパンでもアイデアマンぶりを発揮した。DeNA春田オーナー、熊崎コミッショナー(22年5月に死去)と=2014年11月21日

★背骨を守りスタンスを変える

ペットボトルを空けて水で潤した喉元から、今村社長の思いがあふれ出た。新型コロナの影響もあり、今オフの契約更改はリーグ2連覇とはいえ〝バラ色〟とはいかなかった。それでも1人の保留者を出すこともなく、全選手がはんこを押した。

理由は明快だった。「真っ先に下げました。選手たちにお願いするのに自分がやらないとだめですから」。自身の報酬の20%返上を申し出て、取締役会で了承を得ていたと明かした。

「選手たちは球団の資産ですから。伝統や歴史、当然守るべき背骨というものはある。だが、時代に合わせてスタンスは変えないといけない」

昨年6月、テレビ局出身者で初めて球団のかじ取り役を託された。日本テレビ時代は「家政婦のミタ」や「ザ! 鉄腕! DASH!!」を手がけ、野球中継にも携わった。

常にエンターテインメントを届け、世間を明るく照らしてきた。伝統球団でも「面白さ」を追求するのは変わらない。「球場は舞台だし、選手たちは役者。そこが魅力的じゃないと、だめなわけです」。

★大号令 SNSは手段

直接的な触れ合いが希薄にならざるを得なかった今季、ある大号令をかけた。「絶えず巨人のことを気にしてもらって、つながっている感覚をずっと持ってもらいたい」。多くの人に選手をより深く知ってもらうべく、SNSを駆使した積極的な情報発信を始めた。

「みんな祭りに参加したいと思うんです。コロナが収まって、祭りが戻ってこないと熱気は戻ってこない。長いプロモーション期間」。満員のファンと野球を堪能できる日に備え、メッセージの量も質もモデルチェンジした。

許可をいただき、当時の紙面に掲載したサムネイル。研ぎ澄まされた菅野のスピード感覚が話題となり、YouTube再生回数は500万回を突破

許可をいただき、当時の紙面に掲載したサムネイル。研ぎ澄まされた菅野のスピード感覚が話題となり、YouTube再生回数は500万回を突破

球団公式YouTubeの登録者数は、37万人を超えた。菅野が投球直後に球速を言い当てる動画は、同サイト再生回数1位の371万回も視聴された。2位は田口の誇張ものまねと、プレー時には見せない表情で、硬軟織り交ぜた動画を届けた。

今村社長は「野球を知らない人でもこんなことできるんだとか、形態模写みたいなのが面白いと普遍性を持てる」と評価しつつ「でも、ですね」と首を横に振った。

★お立ち台の差別化

「野球を知らない人にも、見てもらわないといけない。動画は子どもたちがマネしたがるかが基本ですから、面白いかどうか。ユーチューバーやゲームクリエーターが、子どもたちの夢の業界なんです。それと伍(ご)して戦うには、野球選手がキラキラしていないといけない。若い人たちのあこがれになってほしい」

表現手段の多様化が進む今、選手にも「差別化」を求めた。

「ヒーローインタビューやメッセージも武器。自分のものを磨けと言っています」。お立ち台で「体が小さいのでご飯いっぱい食べます」と言った松原には「毎回言うように」と指示。初完封した畠とバッテリーを組んだ岸田には、右翼から運動会の徒競走で流れる曲をBGMにサプライズ登場させた。

「松原は、2回目に言い忘れたから、つまらないインタビューになってしまいました。岸田は、全力疾走から転んで笑いを取って『鼻息プンプンの岸田です。キッシーって呼んでください』と言えばウケるのに、スター面をして手を振って出てきたんですよ」と言いながらも、どこかうれしそうに目を細めた。

★予定時間の倍

日テレでのプロ野球中継を担当時、葛藤と戦っていた。「何万人の人に見てもらっているのに、なぜこんなことしか言えないのだろう」。ヒーローインタビューの原稿を書こうとし、却下された。

その体験が今も脳裏に残る。「今、小学校で野球の話題をしている子が、どれだけいるか。僕らが子どものころとは明らかに違う。でも何かのきっかけで興味を持つ可能性がある。それが田口や菅野の動画かもしれない。何でもいいんです。1度野球を見てみようという人が増えてほしいと、すごく思います」。

伝統を背負う。取材時間をオーバーしての語り

伝統を背負う。取材時間をオーバーしての語り

球団創設86年。常勝と人気を両輪に、球界の盟主としてプロ野球界をけん引してきた。技術革新により変化する時代にコロナ禍が重なり、未来は不透明かつ不鮮明だ。どんな巨人であるべきなのか。

「テレビ局だったからかな、面白くないとだめだと思うんです。サプライズがないと。すごいなというのが原点。驚きのある野球界であってほしいし、驚かせるような選手であってほしいです」

予定の倍の時間を超えたインタビューをそう締めくくると、空になったペットボトルを手に笑顔で席を立った。