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第378回    Mr.マリック  
2003.09.07付紙面より

キテマス キテマス
写真=Mr.マリック、キテマス! ハンドパワーです!! 目の前で披露されるマジックにあ然、衰えることのないハンドパワーに感嘆するばかりだった
(撮影・松本俊)

マジックは超能力に勝る

 マジックは神業でも、生き方は不器用である。マジックブームの中心にいるMr.マリック(54)。かつてのオカルトブームの最中には「インチキ」のレッテルを張られ、どん底も味わった。彼を支えてきたのは、常にマジックへの思いと努力だった。


7000のネタ

 都内の事務所で迎えてくれたマリックは、ステージで見せるオーラがうそのように地味な存在だった。スタッフに紹介されなければ、そこに座っていることに気付かなかった。「キテマス、キテマス」と観客を引き込む話術とは違い、ぽつぽつと小さな声で、穏やかに語る。「マジック以外は取りえがない普通の男なんです。マジックから離れると、気の利いた世間話もできない」と静かに笑った。

 猛烈な売れっ子だ。8月下旬の1週間だけでも、民放各局で「Mr.マリック」に関する番組が6本放送された。明石家さんまとトークを繰り広げた翌日には、別のスペシャル番組で訪れた南極でペンギンを消していた。「3度の飯よりマジックが好き。ぜーんぜん苦にならないんですよ」という。

 日本テレビ「エンタの神様」(土曜午後10時)では、マリックとは別キャラの「松尾幻燈斎」なる和風の気孔師にふんし、毎週新ネタを披露している。瞬間的にカイワレ大根を発芽させたり、分厚い本に指を貫通させたり。マリックは「たった5、6分のコーナーですけど、早朝から夜中まで、収録に3日かけることもあります」。

 ネタは、主に自宅2階の自室で考えている。壁一面の手品書と手品グッズに囲まれたその部屋は、マリック以外は立ち入り厳禁の空間。半日こもることもあり、夫人が「中で死んでいるのでは」と心配したこともあったという。「手品の百科事典にある約5000種類の基本ネタは身についている。これを組み合わせて独自のマジックを作るんです。これまで2000種類くらい作りましたね」。赤ん坊のように柔らかい手は、同業者がうらやむ。寸暇を惜しんで練習を繰り返す一方、マメができないように「箸(はし)より重いものは持たないようにしている」と笑う。これもマジシャンとしての努力だ。

 マリックを筆頭に、テレビ界はマジックブームにある。マリックは「うれしいです。世の中も遊びも急激にハイテク化している中、マジックは10本の指だけで遊ぶ究極のローテク。生身の人間同士が向き合って遊ぶスタイルもシンプルでしょ。こういうローテクの世界を廃らせてしまったら絶対にダメ」と話す。


何か1つ主役に

スプーン曲げ

 岐阜に生まれ育ったマリックが手品と出会ったのは中学1年の時。名古屋から来た転校生が見せてくれた手品が原点だった。都会から来た、工場経営者のお坊ちゃん。「何をやっても平均以下の、引っ込み思案でさえない少年」だったマリックには輝いて見えた。

 「彼はプロ並みの腕前で、中学生なのにテレビにも出ていた。ものすごいカルチャーショックでした」。彼の家に行っては手品道具を借り、夢中で教わった。消しゴムを誰にも分からないように持ったまま1日過ごしたこともあった。そのワザは転校生くん公認にまで上達した。

 「クリスマス会とかで披露すると、花をパッと出すだけで女の子に『キャーッ』って大ウケするんですよ。初めての主役の快感。もっとうまくなりたい。モテたい一心でした」「マジックに出会えて良かった。自信のつくものを何か1つ手に入れたら、人間は変われるんですね」。

 地元の工業高校を卒業後、ガス器具メーカーに就職した。朝から晩まで誰とも話さずに図面を引く毎日。「笑いのない暗い現場でねえ…」。引っ込み思案な性格にはむしろ合っていたともいえるが、半年で辞めた。「普通でつまらない自分を変えるには、マジックしかないと思いました」。

 18歳で、手品グッズの実演販売の仕事に飛び込んだ。大手デパートのおもちゃ売り場の一角で手品グッズを売る。14年間続けた。「売れませんよ、手品グッズなんて(笑い)。調理器ならまだしも、生活に必要ないですもん」。18歳から19歳の間には、所持金10円のホームレス状態で友人宅を渡り歩いたこともあるが、先輩奇術師に弟子入りというスタンダードな道は、1度も考えなかった。「弟子からスターは生まれない。人と同じことをするコピー芸なんて必要ないですから」。売れない分、開店から閉店まですべての時間が練習時間になった。体にたたき込んだ感覚がいま、財産になっている。


生き方は不器用

コイン通り抜け

 ホテルのラウンジでマジックを披露していたところを日本テレビ「木曜スペシャル」の関係者に“発掘”された。39歳の時だった。マジシャンではなく、黒衣装とサングラスの「超魔術師」としてのデビューだった。ハンドパワーを送るだけでモノが消え、見えないものを透視し、競馬まで当ててみせるオカルト路線。サイキック(超能力)な不思議現象の数々は、ノストラダムス全盛の世相に乗り、社会現象になった。

 病気を治してくれとテレビ局に押しかける人や、4億円の現金を車に積んで「教祖になってほしい」とやってきた僧侶もいた。うますぎたせいで、あっという間に言い訳のきかない所まで祭り上げられていた。「本物の超能力かと電話してくる人には、僕もテレビ局も『手品です』と答えていましたが、それ以外の一般の視聴者には微妙に誤解させたまま突っ走ったわけです。いずれ大々的にバレて突っ込まれたら『実はマジシャンです』って謝ればいいやと、単純に思っていたので。ふふ」。マジックには器用でも、生き方は不器用すぎた。

 超魔術を名乗る以上、仕掛けがあれば世間的には「インチキ」になる。同業者から暴露攻撃を浴び、暴露本も多数発売された。師匠のいない一匹オオカミだから、かばってくれる人もいなかった。最後は自身の糾弾番組にも出演した。大バッシングの後、マリックはテレビから姿を消した。

 ライブを開けば、客席には暴露本を持った人か、まだ超能力を信じて拝んでいる人ばかり。「天国から地獄。大好きなマジックなのに、やっていてもつまらない。ストレスで顔面まひにもなりましたし、国外へ脱出しました。自分で自分を国外追放ですよ」。


箱じゃなくて心

炎

 あえて「超魔術」として登場した背景には、ユリ・ゲラーに対する強い対抗心があった。「あのスプーン曲げのおかげで、手品はインチキで、超能力が本物という風潮が世の中にできてしまった。研究室にいるべき超能力者が、僕らと同じエンターテインメントの舞台に上がってきた。世の中で一番不思議なことをやるのはマジシャンじゃなきゃいけない。それを証明するには、ユリ・ゲラーを超える不思議を見せる必要があった。『マジシャン』と自己紹介したら、誰も見てくれませんでしたから」。

 活動の場を失っても、あきらめなかった。「修行し直して、レベルを上げて、もう1回すごいものを見せるしかないですよ」。約2年で帰国後、テリー伊藤氏らお笑い番組の現場から少しずつ声がかかり始め、5年後にはCMの仕事も舞い込んだ。今では、マリックのスペシャル番組はテレビ局のドル箱になっている。「お客さんに超能力だと思わせるくらいの不思議を見せて『いいえ、これはマジックです』っていう快感。マジックが最強なんです」と胸を張る。

 目標は「自分のマジックをやり続けること」。デビッド・カッパーフィールドのような、年間100億円以上も稼ぐ大規模イリュージョンには「まったく興味がない」という。「ハリウッド映画と同じで、彼らは視覚で驚かすドデカいびっくり箱が好きなんですよ。こっちは、心の中に入っていっていく黒沢明の世界だから。それに、一年中同じプログラムを繰り返すなんて退屈にも耐えられない。日々新しいマジックに取り組んでいたいんです」。

 ひとつだけ魔法が使えるとしたら、と聞くと「本物の魔法使いにしてほしい」と笑った。「ここまでやったんだから、本当の魔法を使ってみたいですよ。ステージで失敗した時のあの絶望的な空気も耐えられないですし。わはは」。この人の夢は、常にマジックの延長線上にしかないようだ。


芸、新鮮さ…超一流

 演出家テリー伊藤氏(53) マリックさんがバッシングを受けたのは、彼のエンターテインメントを見る能力が僕らになかったから。芸も姿勢も、売れないころから超一流だよ。落語や歌舞伎の人は年とともに円熟味が増してくるけど、彼は軽いでしょ。マジックやお笑いなどの芸は常に「驚き」や「新鮮さ」がないとダメで、いくつになっても軽くいることって、重くいることより100倍も大変なことなんですよ。男性タレントも癒し系ばかりになっちゃった中で「絶倫系」であり続けていることも素晴らしい(笑い)。同い年に生まれた僕にとって大きな励みです。


 ◆ユリ・ゲラー 1946年、イスラエル生まれの超能力者。72年からパフォーマンス活動を始め「スプーン曲げ」で世界を席巻。74年に来日し、日本テレビ「木曜スペシャル」でスプーン曲げブームを起こす。


 ◆Mr・マリック 本名・松尾昭。1949年(昭和24年)1月1日、岐阜県生まれ。岐阜工業高校卒。88年、日本テレビ「11PM」でテレビデビューし、翌89年、同局「木曜スペシャル Mr.マリック超魔術」で全国的ブームに。「きてます」「ハンドパワー」などの流行語を生んだ。テレビ出演のほか、年間約60のステージを行っている。ます美夫人との間に1男1女。血液型B。


(取材・梅田香子)

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