北京五輪フィギュアスケート男子4位の羽生結弦(27=ANA)が14日、市内のメインメディアセンターで会見し、現役続行へ前向きな姿勢を示した。10日のフリーで世界初認定された夢のクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)について「満足」と納得。4度目の五輪については「分かんない。また滑ってみたいとは思う」と語った。94年ぶりのV3こそ遂げられなかったが、アジア初の2連覇は色あせない。「これからも羽生結弦として、羽生結弦が大好きなフィギュアスケートを大切にしながら究めていけたら」。
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緊張してますけど、ちょっと言わせていただきたいことがあって。質問がないかもしれないので。まず、金メダルを取ったネーサン・チェン選手、本当に素晴らしい演技だったと思います。やっぱり五輪の金メダルって本当にすごいこと。僕も金メダルを目指してずっと頑張ってきましたし、ネーサン選手もたくさん努力したと思います。彼には4年前に悔しさがあって、克服した今があって。本当に素晴らしいと思います。
自分の演技自体が、結果として評価として良かったかどうかと言われたら、ベストではなかった。でも何か「残念だったな」って雰囲気に包まれなかったというか。すごく大きな拍手をいただいて、感謝したいなと思いました。いつも氷にあいさつするんですけど、このメインリンクで競技するのは最後だなと。苦しかった部分もあったんですけど、この氷、好きだなって思って感謝していました。
(4回転半への挑戦は)どうなんでしょうかね。まだ自分の中でもまとまってないです。ただ、言い訳くさくなって、いろいろ言われるのは嫌だな、平昌の時もそうでしたけど何か言ったら嫌われるな、って怖さもありますけど…事実なので。前日(9日)練習の4回転半で、思いっ切り身体を締めて片足で降りて(右足首を)捻挫したんです。
程度は思ったよりもひどくて、普通の試合だったら完全に棄権していただろうと思います。今も本当は安静にしてないといけない期間で、ドクターの方から「10日は安静にしてね」って言われてるぐらい悪くて。当日の朝も、あまりにも痛かったんで注射を打ってもらって。6分間練習の10分前ぐらいですかね。注射を打ってもらって、何とか出場することができました。
注射で痛みを消してもらって、けがして追い込まれて、ショート(プログラム)も悔しくて。でも、いろんな思いが渦巻いた結果、アドレナリンが出て、自分の中でも最高のアクセルができたと思っています。あのジャンプだからこそキレイだって言ってもらえる。僕はあのジャンプしかできない。だから思い切り跳んで、思い切り高く、思い切り速く締めて、ということを追究しました。ジャンプとしての最高点には、僕の中でたどり着けたと思います。回転の判定もいろいろありますけど、でも納得しています。満足した4回転半になったなと思います。
正直な話、今まで4A(4回転半)を跳びたいなとずっと言ってきて、目指してきた理由は僕の心にいる9歳の自分が、あいつが「跳べ」ってずっと言ってたんですよ。「お前へたくそだな」と言われながら練習していて。でも、今回のアクセルは何か褒めてもらえたんですよね。一緒に跳んだというか、ほとんど気付かなかったと思うんですけど、実は同じフォームなんですよ、9歳の時と。ちょっと大きくなっただけで。だから一緒に跳んだんですよね。それが自分らしいなと思ったし、何より4Aをずっと探していく時、最終的に、技術的に、たどり着いたのが、あの時のアクセルだったんですよ。ずっと壁を登りたいと思ってて、いろんな方々に手を差し伸べてもらって、きっかけをつくってもらって、登ってこられた。でも、最後に壁に手を伸ばしてくれたのは9歳の俺自身だったんだなと。最後はそいつと一緒に登った感じがありました。
そういう意味では「羽生結弦のアクセルって、これだったんだな」と納得しています。モチベーションとして今後どうなるか分からないんですけど、今の気持ちとしては、あれがアンダー(ローテーション=回転不足)だったとしても、転倒だったとしても、羽生結弦のアクセルは「軸が細くて、ジャンプ高くて、キレイだったね」と誇れます。
4回転半を降りたいという気持ちは、もちろん少なからずあって。それとともに自分のプログラムを完成させたいという気持ちもあります。ただ、先ほども言ったように「アクセル完成しちゃったんじゃないか」と思う自分もいるので、これから先、フィギュアスケートをやっていくとして…どういう演技を目指すか、どう皆さんに見ていただきたいか、考えていきます。
この五輪が最後かと言われたらちょっと分かんないです。てへへへへ。やっぱり五輪は特別だなって思いました。けがしていても出たい舞台は、ほかにない。すごく幸せな気持ち。また滑ってみたいな、という気持ちはもちろんあります。
次の五輪どこでやるのかなとか、まだちゃんと把握してない自分がいます。正直混乱しています。でも、これからも羽生結弦として、羽生結弦が大好きなフィギュアスケートを大切にしながら、究めていけたら。
(8年前の同じ日、14年2月14日に19歳で金メダルを獲得し)泣かせにくるやつですか(笑い)。とても(2連覇は)重かったし、重かったからこそ、自分が目指すフィギュアスケートと、目指す4Aを追究できたと思います。まずソチで優勝しなかったら報道の数も違ったと思いますし、羽生結弦というスケーターがいるんだと注目していただけるきっかけになったし、そこから応援してくださる方もたくさんいたと思います。平昌では「SEIMEI」と「バラード第1番」やって「やっぱ羽生うまいじゃん」って。だからこそ今があると思っています。
もちろん3連覇は消えてしてまったし、重圧からは解放されたかもしれないけど、ソチで言ったことと同じで。僕はやっぱりオリンピック王者だし、2連覇した人間だし、これからも誇りを持って明日の自分が今日の自分を見た時に胸を張っていられるように、これからも過ごしていきたい。【取材・構成=木下淳】
○…羽生は3月の世界選手権(フランス・モンペリエ)にもエントリーしているが、この日は出場可否に言及しなかった。会見後、報道陣から「世界選手権は?」と声掛けされると、立ち止まって話そうとしたが、警備に制されて結果的に無言となった。北京五輪では最終日20日に行われるエキシビションに出演予定だ。




