【追憶 江川卓〈1〉】「春と夏だけに現れる蜃気楼。夢の場所が突然、現れる」

「ボールが浮いた」「150キロは優に超えていた」…高校球児の域を飛び出し、神話性をもって語られるオンリーワンです。夏が来れば思い出す、江川卓の群像劇。本人がたっぷり語った15回連載を送ります。(2017年4月4日掲載。所属、年齢などは当時。文中敬称略)

高校野球

全国高校野球選手権大会は来年2018年に100回大会を迎えます。記念大会に向け、日刊スポーツでは今日から19年夏まで長期連載「野球の国から 高校野球編」をお送りします。最初のシリーズは「追憶」と題し、元高校球児に登場いただき、高校時代を振り返ってもらいます。甲子園で活躍した選手のみならず、さまざまな高校野球の姿を描いていきます。第1弾は江川卓氏(61)。球史に残る「怪物」の高校時代を15回でお送りします。

★1973年夏2回戦 銚子商戦のサヨナラ押し出し

日本中の耳目を一身に集めた43年前のマウンドが、テレビ画面で「再現」されていた。昨年8月21日夏の甲子園決勝、江川は母校、作新学院エース、今井達也(現西武)の第1球に目を凝らした。北海の1番打者がいきなりバスターの構えを見せる-。

「あのときと同じだな…」

バットに当たっただけで甲子園がどよめいた、ケタ外れのその直球に、敵がバントの構えで揺さぶりをかけた、あのシーンが二重写しになった。

73年4月、練習中にかわいらしい表情

73年4月、練習中にかわいらしい表情

取材の冒頭「江川卓にとって、甲子園って何だった?」と聞くと、一呼吸あって、こう言った。

「春と夏だけに現れる蜃気楼(しんきろう)みたいな感じかな。そういう夢の場所が突然現れる。終わったら消えていく。だから、そこの場所にいってみたい…」

夢をかなえはした。それでも、江川には、あの雨の銚子商戦でのサヨナラ押し出しにつながっていく、苦い試合がある。

★命名7・23「完全試合記念日」

「7月23日は“完全試合記念日”。勝手に名付けた。誰も知らないけどね」

唇をかみしめながら振り返る。3年夏の県大会、氏家戦のことだ。江川はこの試合で完全試合を狙っていた。ノーヒットノーランではだめなのだ。パーフェクトでなければ…。

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1955年(昭30)、和歌山県生まれ。早大卒。
83年日刊スポーツ新聞社入社。巨人担当で江川番を務め、その後横浜大洋(現DeNA)、遊軍を経て再び巨人担当、野球デスクと15年以上プロ野球を取材。20年に退社し、現在はフリー。
自慢は87年王巨人の初V、94年長嶋巨人の「10・8最終決戦」を番記者として体験したこと。江川卓著「たかが江川 されど江川」(新潮社刊)で共著の1人。