【追憶 江川卓〈10〉】「ネット裏にいい女がいる!」鉄仮面をはがせば気さくな青年

夏が来れば思い出す、江川卓の群像劇。本人がたっぷり語った15回連載を送ります。周囲が徐々に親近感を抱いて、本人も呼応して…高校生らしさにホッとします。(2017年4月14日掲載。所属、年齢などは当時。文中敬称略)

高校野球

★すれ違いざまに

「憎い」ヤツは、しかし、すぐに「憎めない」ヤツへ、転化する。

江川の素顔に触れたとき、球児たちの「ふてぶてしく、嫌なヤツ。無表情で、何を考えているか不気味」という江川像は一変した。

前年の夏、江川初の完全試合を喫した烏山ナイン。その翌秋の県大会決勝で、再び作新学院と相まみえる。

「また、やられるのでは…」

おびえと恐れがないまぜになり、ガチガチのナイン…。試合前、外野を走っていた主将、棚橋誠一郎は江川とすれ違いざま、声を掛けられる。

「おい、ネット裏にいい女がいるぞ!」。耳を疑った。「結構、おもしろいやつだな」と、親近感を抱いたという。「からかわれたんでしょうけど、嫌な気持ちはしなかった」。

★逆ノムさん状態

印象を変えたのは、捕手の堀江隆も同じだった。江川が打席に入るたびに、確かに、“ささやき”が聞こえてきたのだ。

「審判に聞こえないくらいの声で、『次はインコース? アウトコース?』なんて話し掛けてきた。“逆ノムさん”状態ですよね」と苦笑。頭部死球を受けた怖さは、このとき霧消した。

棚橋誠一郎が、ちゃちゃを入れる。「堀江は、ほんと、江川に感謝しなきゃあ。頭にぶつけられた直後の国語のテストで98点取っちゃうんだから」。

試合中のその“ささやき”は、あちこちで目撃されている。3年夏、雨の甲子園で作新と激闘を演じた銚子商の一塁手で、国際武道大監督の岩井美樹も、その“被害者”の1人。

江川卓氏が掲載された紙面を手にする国際武道大の岩井美樹監督=2017年

江川卓氏が掲載された紙面を手にする国際武道大の岩井美樹監督=2017年

1955年(昭30)、和歌山県生まれ。早大卒。
83年日刊スポーツ新聞社入社。巨人担当で江川番を務め、その後横浜大洋(現DeNA)、遊軍を経て再び巨人担当、野球デスクと15年以上プロ野球を取材。20年に退社し、現在はフリー。
自慢は87年王巨人の初V、94年長嶋巨人の「10・8最終決戦」を番記者として体験したこと。江川卓著「たかが江川 されど江川」(新潮社刊)で共著の1人。