【追憶 江川卓〈13〉】徹夜組100人、臨時列車、関電の供給予備力ゼロ…神話へ
夏が来れば思い出す、江川卓の群像劇。本人がたっぷり語った15回連載を送ります。3年夏、最後の甲子園。フィーバーは頂点へ達します。(2017年4月17日掲載。所属、年齢などは当時。文中敬称略)
高校野球
★「低めに投げてれば160キロ」
もし、江川の時代にスピードガン表示があったら、何キロ出ていたか? 高校野球ファンが寄ると触ると出る話題だ。
江川の甲子園見参は1973年(昭48)春と夏。
一方、高校野球のスピードガン表示がテレビで始まるのが04年(平16)だから、かなり遅れての登場となる。
巨人では自己最多の20勝を挙げた81年に最速151キロをマークしている。
江川に球速へのこだわりを聞いた。
「スピードは重視してなかった。高めより低めの方が、スピードガンの数値は出る。高めが出るように思うけど、(打者の)目線が近いから速く感じるだけなんだ。オレは高めで空振りをとったから、スピードは出てないんじゃないかな。低めに投げてれば160キロ出てるよ」
★15センチが生む「怪奇現象」
江川の武器は、打者の手元で浮かび上がって見える直球だ。
「それも目の錯覚なんだけどね。例えばフォーク。直球と思って振りにいくとボールに重力がかかって、落ち方が大きくなるから空振りする。高めの直球もボールの回転を激しくすると空気抵抗で浮く」
弁舌鮮やかに、勉強した数値を挙げながら、自らの剛速球を分析し続けた。
「球を(時速)140キロで投げると、ホーム到着まで約60~70センチ落ちてるわけよ。それを真っすぐと“打者脳”は認識する。でも30センチしか落ちなければ、ボールは浮いて見える。重力に逆らうスピンが働いて、上に浮き上がるように見えて、ボールの下を振っちゃう。オレはそれを狙った」
※電気通信大大学院の論文に「バックスピンする球体に働く負のマグナス力」がある。その実験データによると、プロ野球の投手が時速145キロの真球(縫い目のないボール)を投げると、1・7メートル落下する。一方NPB公認球はフォーシームで0・45メートル落下する、という。つまり、145キロのフォーシームでバックスピンをかけると0・45メートル落下するが、江川の場合はボールの回転数が他に比べ高く、より落差の低い0・30メートルほどだったと見られる。
浮き上がる「球道」が、はっきり見えた試合がある。1年秋、関東大会の前橋工戦。1回2死から4回まで10連続三振の快投を演じた。
「あの試合は高めだけじゃなく低めに投げたボールが浮くのが見えた。低めが浮くのはめったにないから。“怪奇現象”だよね。あのままなら絶対パーフェクトだったよ」
1955年(昭30)、和歌山県生まれ。早大卒。
83年日刊スポーツ新聞社入社。巨人担当で江川番を務め、その後横浜大洋(現DeNA)、遊軍を経て再び巨人担当、野球デスクと15年以上プロ野球を取材。20年に退社し、現在はフリー。
自慢は87年王巨人の初V、94年長嶋巨人の「10・8最終決戦」を番記者として体験したこと。江川卓著「たかが江川 されど江川」(新潮社刊)で共著の1人。
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