「毎日がパーティーだ!」マシンガン乱射 魔神に頼らず30年ぶり10連勝/連載10

横浜DeNAベイスターズの25年…四半世紀ぶりの優勝を祈念する企画連載の第10弾は、30年ぶりの10連勝です。大魔神こと佐々木主浩が2年ぶりに敗れた翌7月8日から連勝が始まり、帯広での日没コールドによる引き分け、巨人戦での連日のサヨナラ勝ち…マシンガン打線は止まることなく連勝を重ねていきました。ファンからの応援メッセージや地元企業からの花束が届くなど、優勝へのムードが盛り上がってきました。

プロ野球

ファクス100通

横浜ベイスターズの球団事務所では、ファクスが止まらなくなっていました。

1998年7月16日。巨人3連戦の3試合目は、雨のため中止になりました。2試合連続で劇的なサヨナラ勝ちを収めた後でした。

この日から球団では「選手への応援ファクス」の募集を始めました。今であればメールやSNSを使うのでしょうが、当時はファクスだったのです。

当時の球団事務所は、横浜スタジアムから桜木町に向かう途中のビル内にありました。私が球場に入る前に事務所に立ち寄ると、球団職員がうれしい悲鳴を上げていました。

「午前中だけでファクス用紙がなくなってしまいました。巨人戦が盛り上がりましたが、まさか、これほどたくさん応募してもらえるとは思いませんでした」

内容を聞くと、何枚か応援ファクスを見せてくれました。

「巨人ファンから、変わった男と言われながら、大洋、横浜を応援してきて良かった」(京都市、男性、47歳)

「今年、優勝できなければ、向こう100年ムリだ!」(横浜市、男性)

「たくさん勝って、私たち家族を幸せにしてください」(15歳、女性)

この日だけで100通を超えるファクスが届いたといいます。

球場に行き、ロッカールームの前に立っていると、権藤博監督宛てに花束が届きました。地元横浜の企業からでした。

まだ前半戦。71試合が終わったところです。しかし、相次ぐ劇的な勝利で5連勝となり、周囲は「いよいよ優勝」と盛り上がっていました。

花束を受け取った権藤監督が言いました。

「お祝いじゃなく激励の花だろう。応援してもらえるのはありがたいものだ。まだ先は長いが、1試合ずつを大切に戦っていきたい」

勢いは止まりませんでした。

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編集委員

飯島智則Tomonori iijima

Kanagawa

1969年(昭44)生まれ。横浜出身。
93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。
日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。